コラム


by katorishu
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ワイルド・スワンの圧倒的迫力

 8月29日(月)
 必要があって『ワイルドスワン』(ユン・チアン作)を読む。寝床に横になりながらほとんど徹夜で厚い本の上巻を読み終えたところだが、圧倒的迫力で迫るノンフィクションだ。
 清朝崩壊から中華民国建国、さらに毛沢東ひきいる中国共産党による革命の嵐の中で、翻弄される家族の「肖像」を、抑えた筆致で描いていく。
 著者のユン・スワン女史は現在イギリス在住で、共産党政権の幹部となった父母と祖母などの有為転変の生き方を冷静に見つめて描いているのだが、過ぎ去った家族の人生の細部をよくこれだけリのアリティをもって描いたものと感嘆した。作中の人物に感情移入をしつづけ、まさに巻をおくあたわずという気分になった。

 普通に生きたいと願う人たちにもたらす「革命」の功罪が、じつに鮮やかに描かれており、パールバックの「大地」をしのぐ作だと思う。
 10年ほど前に出た本で、出版当時もちろんこの本の存在は知っていたが、読んでいなかった。
 ここにこめられた「人間ドラマ」はさすが何千年の権謀術数の歴史をもつ中国ならではのもので、登場する人たちの生き方の振幅が大きく、魅力的だ。

 過日読んだ「毛沢東秘録」とはまた別種の感動を覚えた。
 清朝時代から続く古い習慣、旧弊なしきたり、風習。それと闘う若い人たち。新旧、老若男女がいりみだれ、己の価値観にしたがって、よりよく生きようとする。しかし、ある人の「幸福」は他人の「不幸」の上にしか成り立たず、互いを傷つけ合ってしまう。
 
 残酷な歴史のうねりの中で木の葉のように翻弄される人々。裏切り、復讐、殺さなければ殺される極限状況。次々と生起する事件は興味深いが、同時に辛い気分にもなる。
 ただ、全体を貫くトーンは不思議と暗くなく、いつも未来に光りが見えるようだ。これは、筆者の描写の力によるものなのかもしれない。活字の背景から、見たこともない中国の成都や錦州の町が鮮やかに浮かびあがり、そこに息づく人たちの佇まいや表情までが、目に浮かんでくるようだった。

 殺され傷ついていった無数の人の無念の気分が、我がことのようにも思われ、しばし本を閉じ、茫然とした思いに浸ることが多かった。 こういう読書の興奮はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」のような大作を読んだときに味わう「文学的興奮」に通ずる。
 活字の力、言葉の力のすごさを、あらためて実感した。下巻を読むのが楽しみだ。
 これから書く予定の本にとって、大いに参考になると思うが、おかげで、数日後に〆切の迫った原稿の執筆が遅々として進まない。
by katorishu | 2005-08-30 02:56