コラム


by katorishu
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ナロー・キャスティング

9月30日。
 台風一過、秋晴れの好天だった。しかし、午後の2時ごろ起きだしたのでは、爽快さをあじわいにくい。朝日が斜めに射す早朝、公園でも散歩すれば、それだけで幸福感を味わえるのに、我がことながら、もったいないことである。一念発起して早起きをしようとするのだが、二三日でまた夜型の生活にもどってしまう。
 意志はあまり弱いほうではないと思うが、寝起きに関しては、ひどく意志薄弱である。低血圧気味なので、自然にそうなっていくということもあるが、夜型の生活をしやすくさせている都会の生活の「利便」さも影響しているはずである。
 じっさい、ぼく自身、午前2時、3時に、ふっと外へでてコンビニにいき雑誌の立ち読みをしたり、レンタルビデオ店にいったりすることがある。近くの大通りを走る車の数は昼間とさしてかわらない。 深夜まだ営業している飲食店も数多くあるし、時計をもっていなかったら、一瞬、時間を忘れる。
 こんな都会の「利便さ」を喜ぶべきことかどうか、わからない。
 自動販売機をなくしたら、原子力発電所が一基いらなくなる……となにかに書いてあった。夜でも明るく、若い女の子が一人で歩いていて、日本が安全であることの証拠にもなっているのだが、よくよく考えてみれば異常な光景というべきだろう。環境保護という観点から考えると、今の都会生活は大いに問題である。と、いっているぼく自身、真夜中、明かりを煌々とつけてパソコンに向かっている……。

 夕方近く、渋谷で番組製作会社のプロデューサー氏、二人と打ち合わせ。60代後半のベテラン氏と30歳の若手で、ドラマ企画の件だった。実質的な話は20分ほどで終わり、あとは、テレビの今と将来をはじめ食糧問題、教育問題や、嫁姑問題がなくなってしまったこと等々、雑談、歓談をした。喫茶店から飲み屋に席を移して更に話したが、こういう雑談のなかから何かが産まれることもあり、ぼくは割合大事にしている。
 放送のことを英語でブロード・キャスティングという。つまり「広く」「投げる」という意味だが、今後は案外、ナロー・キャスティングが重視されるのではないかと話した。居酒屋での雑談も、広い意味の「ナロー・キャスティング」である。
 狭い意味では、ナロー・キャスティングの典型例は寄席である。都会では昔は町内にひとつぐらいの割合で寄席があり、風呂上がりに気楽に出向いたりして、一種の社交場になっていた。 テレビや映画などと違うのは、そこでは人間の匂いや息がかんじられるということである。視覚と聴覚だけにたよるのではなく、五感を働かせて、味わうことができる。
 演じる人と、お客がある空間をしめて、そこに疑似の「世界」をつくり、日頃のうさを忘れてフィクションの世界に遊ぶのである。今の言葉でいれば「ライブ」というのだろう。落語や小劇場での舞台公演などが、ナロー・キャスティングにはいるのだろう。
 地方はどうか知らないが、東京ではどの小劇場の公演にいっても、かなりの人がはいっている。お客を獲得するために役者が必死になって券を売る努力をしているのは知っているが、ぼくの見聞する限り、思いがけないほど、よく人がはいっている。
 
 文明国では人々の生活が、ますます「個」に流れており、「個室」はもちろん家族がいても一人で食べる「個食」、さらには自分一人が幸せになればあとはどうでもいいという「個幸(こさち)」の時代にはいってきているという。
 じっさい、買い物ひとつとっても、まったく口をきかずに物が買える。他人とはなるべく関わりをもたない生活が、ますます進んできているが、やはり人間も動物の一種で、本来群れをなして暮らしてきた動物である。その尾てい骨をひきずっているので、「一人勝手」はいいものの、「孤立」はのぞまない。
 どこかに「群れたい」気持ちが宿っているのである。
 そのためか、他人と同じ時間、同じ空間ですごしつつ享受する「ライブ」を主体にした音楽、演劇、各種の交流会などが、盛んになっている。
 関係のわずらわしさから逃れて、ひたすら個になりたい。そう思いつつ、一方で人とのぬくもりふれ合いをもとめたい。人間は、そんな矛盾した感情のなかで生きる動物なのだろう。便利さ快適さをもとめる文化が進展する限り、「個」への傾斜はますます強まるだろうが、それで幸せになれるほど人間は「強く」もないし「非人情」でもない。個になればなるほど、「群れ」への郷愁がでてくるはずである。
 そろそろ、 ナロー・キャスティングということを、真剣に考える時期にきている。
by katorishu | 2004-10-01 00:26