コラム


by katorishu
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井上ひさし作『兄おとうと』を見る

 1月25日(水)。
 新宿紀伊国屋ホールで「こまつ座」公演の『兄おとうと』(井上ひさし脚本)をカミサンと一緒に見る。こまつ座の芝居はほとんど外れがなく、時間とお金を使って見にいって「得をした」と思わせてくれる。まさにプロのなかのプロの仕事だ。

 室生犀星の『兄いもうと』をもじって井上ひさしは『兄おとうと』というタイトルをつけたのだろう、いつもながらの笑いの中に痛烈な諷刺をこめて観客を劇的空間にまきこみ、2時間45分の長丁場を長く感じさせない。
 民本主義を提唱し大正デモクラシーの旗手として知られた政治学者、吉野作造(辻萬長)と、10歳離れた弟、吉野信次(大鷹明良)の物語である。当然、価値観は相対立し、兄弟は顔も会わせなくなる。それを「賢夫人」の計略で箱根の旅館で会わせ、ラストの仲直りにもっていく。音楽を多様し、「音楽評伝劇」とでもいう舞台だ。
 内容は「民主主義」や「憲法」のあり方などをめぐる「堅い話」も多いのだが、観客の興味をつなぐため、随所に井上ひさし本人作詞の歌を9つほどいれ、笑わせつつ観客を民主主義や憲法のあり方とは何か、といったことに誘い、深く考えさせてくれる。

 吉野作造の弟は東大法学部から農商務省にはいり、官僚の最高位である次官にまでのぼりつめ、その後、二度も大臣をとつめた人物である。部下にはその後、首相になった岸信介などもいた。
 二人の兄弟の妻は姉妹(作造の妻役は剣幸、信次の妻は神野三鈴)で、いずれもユーモアを介する「賢夫人」として描かれ、これに下流階級を代表する女中や、説教強盗夫婦、娼婦の元締め、印刷会社経営者(宮地雅子と小嶋尚樹が何役もこなす)を織り交ぜ、随所で笑わせながら問題の核心に踏み込んでいく。

 巧みな作劇術である。演出はこまつ座おなじみの鵜山仁。「憲法とは、人びとから国家に向かって発せられた命令である」「法律とは、国家から人々に発せられた命令である」とか非常にわかりやすい台詞をちりばめ、片時も飽きさせない。

 初演は2003年で、演出の鵜山仁が読売演劇賞を受賞しているが、ぼくは見逃していた。今回は大幅に加筆したとのことで、大変面白く見た。辻萬長の演技をはじめ、6人の出演者も見事で、朴勝哲のピアノ演奏も秀逸。
 音楽の強さを改めて実感した。今後、書く戯曲に音楽劇的な要素をいれたくなった。こういう芝居を見終わったあとは気分爽快だ。昔であったら、新宿で深夜まで飲んで帰りはタクシーということになっただろうが、今は時間も金も惜しいので、電車で真っ直ぐ帰り、自宅近くの酒場でちょっと一杯。
 やはり「生」の舞台はいいですね。観客の中心は50歳前後か。もっと若い人に見てもらいたい。5000円という料金は決して高くないと思うのだが。やはり、これがネックになっているのかどうか。10代、20代は1割もいなかったのではないか。
 2月5日まで公演しています。面白くて楽しく、ちょっと悲しく……大衆演劇の要素をふんだんに採り入れながら、人間を深く描いている。テレビ中継などで見たら面白さは半減してしまいます。芝居は、とにかく舞台で。映画は映画館で、だと思います。
by katorishu | 2006-01-26 01:29