コラム


by katorishu
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後悔先にたたず

 10月6日(水)、晴れ。
 早稲田二文シナリオ演習授業。出席者は前回並の10数人。学生とのやりとりができるので、このくらいの人数が適当なのかもしれない。
 考えてみると、ぼくは学生時代、ほとんど授業に出席しなかった。悪い意味の「文学青年」で、評論家の小林秀雄が東大仏文科の学生時代、ほとんど授業にでなかった……といった文を読み、授業になど出ずに自分で本を読んだり、街を徘徊、彷徨したりして何かをつかんだほうが「作家」になれる、などと思いこんでいたフシがある。
 結局は怠惰であったのだが。
 あれでよく卒業できたと、自分でも不思議に思っている。専門科目もふくめて、多分一割程度しか出席しなかった。試験のとき、人からノートなどを借りた覚えもない。多少、「文章」に自信をもっていたことと、当時は比較的記憶力がよかったので、試験は一夜漬け、レポートも文章力で「適当にごまかせる」と思っていたようだ。
 卒論なども、確か一週間程度で書いてしまったのではないか。提出当日、徹夜でぎりぎりまで書きつづけ、教務課の前でも書いていたと記憶する。
 これも「肉体の門」などで有名な田村泰二郎が、早稲田の卒論を確か数日で書き上げてだしたが、これは「記録」であった……ということを知って、「気取った」フシがある。
 人まねの愚か者でしかなかったのだが、それが「格好いい」と思っていたようだ。そんないい加減な気分で書いた卒論だが、卒業式の謝恩会の席で主任教授から、「きみ、あれはよかった。きみは文才があるねエ」などといわれ、ちょっと舞い上がった気味もある。おかげで地道な努力を怠り、その後も歌舞伎町界隈を連夜、徘徊したりして、ずいぶん無駄な時間をつぶしてしまった。多分、それが今に尾をひいている……。

 思い返すと、当時の東京外語には、教養方面に錚々たる教授がそろっていた。
 言語学の金田一晴彦、宗教学の増谷文雄、民俗学の宮本常一、倫理学の串田孫一、古典文学の安東次男……等々、一級の学者、エッセイストたちである。
 いずれの講義もとり、数回出席し、大学にはやはりすごい人がいるのだな……と思ったものの、途中の新宿でひっかかって下車してなかなか大学までいきつかない。
 行っても、サークルの部室に直行し、雑談をするうち「授業なんかでてもしょうがないよ」などといわれると「そうだな」と怠惰で楽なほうへ……流れていってしまう。新宿まで自宅から1時間半近くかかってしまい、疲れてしまったということもあるが、当時の意志薄弱さは我がことながら腹がたつ。学生運動は「停滞期」で、みんな「高度成長」に酔いはじめていた。

 卒業して仕事で自分の時間がなくなってから、初めて「ああ、もったいないことをした」と激しく悔いた。 後悔先に立たずとはよくいったものである。
 しかし、若いときには、なかなかわからないもののようだ。もちろん、新宿の街を徘徊し、当時はやっていたモダンジャズ喫茶などで何時間もつぶしたり、学生には不相応なバーへいって、飲めない酒をツケで飲んだり、「ガールハント」にうつつをぬかしたり…等々、の中から得たものもあることは否定できないが。

 太宰治に象徴されるように、作家とは放蕩無頼であるべきだ……といった思いこみが、当時の多くの文学青年、演劇青年の間に根付いていた。そんな「常識」の範囲をぼくも抜け出られなかったのだなと、今なら思う。「……を気取る」ということが、何も吸収しないことであることに気づくまで、どんなに無駄な時間をつかったことか。
 根が小心なので、思い切った「大冒険」もできず、小さな小さな「冒険」に甘んじていた自分。思い起こすと、恥ずかしさで今でも赤面してしまう。
 
 例えばぼくより数年上の立花隆氏などの本を読むと、学生時代とさらにその後、プロの文筆家になるまでの時間の使い方が、まるでちがう……と感嘆する。もって生まれた素質も大事な要素であろうが、脳が柔らかで何でも吸収できる時期の過ごし方が、その後を決定するのだと思う。
 「誘惑に弱い」というか「つきあいの良い」人は、結局は何事もなしとげられない人間である。そう気づいたとき、すでに40を過ぎていた。その後、ぼくなりに急ピッチで脳を鍛えたつもりだが、10代、20代の柔らかな脳とはちがう。やはり「時期」というものがあるようだ。
 「総領の甚六」で、どこか暢気なところがあるのかもしれない。スロースターターのかわりに長生きして、こつこ、しこしこやっていけば、なにかを残せるという楽観はあるものの、若いときの時間の配分を誤ったことは、かえすがえすも残念なことである。
by katorishu | 2004-10-07 01:56