タイタニックとブッシュのアメリカ
2006年 05月 17日
■まだ梅雨には早いのに曇りがちで今にも雨の降りそうな日がつづく。比較的早めに目がさめたので、所用の前に図書館まで歩き、必要な本を借りたりしようと思ったのだが、やめにした。午後、脚本アーカイブズの件で委員諸氏と文部科学省へ。「グランドデザイン」案をもっていき、関係者と協議。
■週刊朝日に連載している船橋洋一氏の「世界ブリーフィング」は氏独自の情報をとりいれたコラムで、読むたびに得るものがある。朝日の社内ではもっともコモンセンスと分析力のある、数少ない書き手の人であると思っている。
今週号で、氏はワシントンの最新の「ジョーク」を紹介している。こんなものだ。
「タイタニックと共和党の違いは?」「少なくともタイタニックは氷山に衝突するのを避けようとはしなかった」
ブッシュ共和党は、氷山にぶつかる寸前であるにもかかわらず、それを避けようと悪あがきするだけで、救命ボートさえ用意しない。というより、氷山に衝突することを乗客に知らせず、まだ隠し続けようとしている……。
■アメリカをタイタニック号化させてしまった最大の理由は、イラク戦争をはじめたことである。これによって財政赤字は膨大にふくらみ、反米気運を世界各地につくってしまった。圧倒的な支持率も最近、急落しているし、過去半世紀の歴代大統領のうち下から3番目である。石油価格の高騰もアメリカ国民に不満をもたらしており、どうもブッシュはこの半世紀で「最悪の大統領」になる可能性もある。
■そのブッシュ大統領と「もっとも親しい」と自他共に認めるひとが、我が日本の小泉首相である。新聞等の世論調査によると、小泉政権に対する支持率が依然として50パーセントをこえるらしい。ぼくの周囲にはほとんど支持する人がいないので、この数字には驚く。世論調査の分析では支持層は20代、30代が多く、女性が圧倒的に支持をしているという。彼の政策内容をよく知った上での支持なのか、どうか。
■外見的にはスマートだし、オペラなどの芸術を好み、清潔感もあり、旧来の派閥の領袖のお腹でっぷりの料亭政治をやっていた政治家と対極にある。それで「好感がもてる」と思うのだろうか。芸能人や人気投票ならそれで結構だが、国の舵取りをし、国民の生活に強い影響力を与える政治家である。政治家は、印象などではなく、打ち出す政策と政策をいかに実行したかによって評価をするべきである。
■こんなことは民主主義社会の国民の考えるべきイロハのイであるのだが、ぼくの見る限り、自分の頭で「考える」こと自体をしない人が多いという気がする。自分で考えるには、考える素材なり材料なりを集めなければいけない。
素材を多く集め、それを批判的に読み解く訓練が、どうも学校などでなされていないようだ。受験勉強ばかりやっていては、こういった批判力は身に付かない。
■口当たりよく調理されたテレビの「ニュース」では、ことの良し悪しを判断するための材料にならない。書籍はもちろん、インターネット上にもさまざまな情報があふれており、その中には本質をついた情報も数多くあり、その気になれば、いくらでも情報を集められるのだが。
仕事が忙しいとか遊ぶ時間が少なくなるといって、情報をあつめる労を厭う人も多い。それに、周囲にあまりに膨大な情報があるので、なにが重要でなにが重要でないか、迷ってしまう人も多いのではないか。そのため、ファースト・フードのように手っ取り早く調理された「ニュース」をコンパクトに示されると、ああ、そうかと素直に受け取り、事の本質をわかったつもりになってしまう。
情報をあつめ分析することは、じつはとても面白いことなのだが、これを忌避して手っ取り早い結論を得たがるのですね。
■小泉首相の「ワンフレーズ・ポリティックス」など、典型的なコマーシャルの手法である。小泉政権の背後に練達の宣伝マンか、その類の人間と絶えず連絡をして戦略を考えているアドバイザーがいるはずである。
その社会について深く考えさせる内容の本を読んだりしていれば、そんなコマーシャルの手法にまどわされることもないのだが……。
■最近のマーケティングやコマーシャルの手法には、社会心理学や脳科学の成果などが応用されている。そのため、洗練され、非常に巧みになっているので、ぼんやりしていると簡単に「ワンパターン」の波状攻撃の嵐にのみこまれ「無意識のうちに」それを「選択」してしまう。「無意識のうちに」というのが実は怖い。
■差別意識なども、われわれの心の深部に無意識のうちに住み着いているものである。なんとなく、自然に、選択させる……それが、もっとも効果的な宣伝方法である。宣伝技術をもっともシステマティックに政治に応用して、歴史に残る成功をおさめたのは、いうまでもなくナチスドイツのヒトラーである。
ヒトラーの手法をひきついでコマーシャルの手法を洗練させたアメリカが、今、タイタニック号化しつつある。歴史の皮肉というしかない。