大王祭の神楽舞
2006年 05月 29日
■携帯パソコンが、特に悪いところがないということで、ナショナルの修理センターから10数日ぶりにもどってきた。最近、脳の一部になってしまったようで、これがないと仕事に支障をきたす。これでは携帯メール依存症の人を批判できなくなるが。
それにしても、画面がかすれて文字が見えなくなり、そのあとどうキーを操作しても画面が現れなかったのに、壊れていないとは。なにが原因であったのだろう。
■パソコンを受け取ったあと、カミサンと旧東海道を北品川のほうに散策。荏原神社の大王祭の最終日で、御輿などがでていた。運河沿いにある神社の境内や運河にそった道路には露店がざっと見て50軒ほど建ち並び、にぎわっていた。すぐ向こうに日航の本社ビルなどが見える一角だが、日本の伝統的な風情がのこっていて好感をもてた。こんな素朴な祭りが続いている限り、古い商店街も残り続けるにちがいない。
■コーヒー店で3時間ほど執筆したあと、夕方近く荏原神社に。境内の舞殿で伝統的な神楽をやっていた。神話にもとづいた物語性のあるもので、「天の矢返し」という演題であると神社関係者から聞いた。お囃子の演奏の技量も相当なもので、おかめの面をつけて踊るひとの手足の動きは、ただの素人ではないと思わせる。
カラス天狗なども登場し、クライマックスなどもあり、演劇的なもので興味深かった。
■ただ、せっかくの伝統的で面白い神楽舞なのに、舞殿の前でじっと見ているひとは、われわれをのぞいてほとんどいないという状態だった。すぐ横の露店には人が群れており、焼きそばやビールを飲食させる店には沢山の人が入っているのに、ほとんどの人が無関心だった。
若い人は立ち止まり携帯で写真を撮ると、夜店をのぞく程度の接触の仕方で通り過ぎていく。中高年も多くいるはずであったが、ほとんどは舞殿のほうにやってこない。昼間の部もあって、そのときは中高年の人たちは見ていたのかもしれないが。舞殿の周囲だけが閑散としていた。
■民俗資料としても貴重な神楽であると思うのだが、みんな飲み食いにいってしまうのですね。
10代20代と思われる若者が半分以上をしめ、夜店はにぎわっていた。浴衣姿や法被姿もあり、アメリカ文化に慣れきった若者にもそれなりの刺激を与えているようであった。
しかし、伝統文化に対するこの無関心さには驚いた。現代音楽や演劇と比べたら、単調そのものだが、めったに演じられない出し物なのだし、こういうところから「日本人」についてj考えるよすがになるものなのに。文化論になると本は売れませんと、何人かの編集者にいわれたことがあるが、うなずかざるを得ない。
■昨日放送された「朝まで生テレビ」のはじめの一部を録画で見た。独立総合研究所の青山繁晴氏の発言に注目した。この放送がはじまる前、日本の主要官庁の事務次官二人と会って話をしていたが、そのとき二人の次官が口をそろえて「日本はアメリカの属国である」といっていたという。それどころか、昭和二七年のサンフランシスコ講話条約の締結で日本は形の上で独立国になったが、それから現在にいたるまで、アメリカの占領政策が続いている、と強調していたという。
床屋談義ならともかく、日本の主要官庁のトップの事務次官が二人とも、そう話していたというのである。
■ぼくも以前からずっと、アメリカの占領政策は続いていると思っていたが、次官までがそういう発言をするとは。
今後、日本はこのまま「アメリカの占領下」で植民地的な「平和」を維持していくべきかなのかどうか。現実問題としてアメリカとの同盟なしには日本の安全保障はなりたたず、経済もたちゆかなくなるだろうが。かといって、現在のような隷属状態をこのまま続けていっていいものなのか。改憲論議と結びつく問題でもあり、難しい選択を日本は迫られている。