コラム


by katorishu
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ながら族

 10月9日(土)。
 昼間は喫茶店などで携帯パソコンで仕事をすることが多いが、遅く起きるので「昼間」の時間がすくなく、必然的に夜の時間が長くなる。一日平均、夜の時間が10時間ほどあるのではないか。
 以前とちがって飲み屋などへほとんど行かないので、おかげで読書と執筆の時間が長くなる。時たまある仕事の打ち合わせ、映画や芝居を見ること、それに家人との食事等の時間以外は、読書か資料の読み込みか執筆の時間である。
 自宅でパソコンに向かっている時間は、たいていラジオをつけっぱなしにしている。深夜なので、NHKの「ラジオ深夜便」を「ながら視聴」しながら仕事をすることが多い。午後11時からの筑紫哲也のニュース・ステーションはなるべく見ることにしているが、テレビはあまり見ない。ドラマやドキュメントなどで「見たい」と思う作品や、関係者がからんでいて「見ておいたほうがいい」と思われる作品は、ビデオに収録してあとで見る。
 
 ラジオを「ながら聴取」するようになったのは、高校二年のとき。それまで自分の部屋などなかったのだが、離れに居候していた叔父の一家が引っ越していったので、その脇に2畳ほどの空間ができた。納戸や押し入れのような狭さだが、自分一人の空間ができたときは嬉しかった。
 日本家屋ですきま風だらけの家であったので、深夜、家の人が寝ているとき、大きな音にするわけにはいかない。古く音の悪いラジオを耳から30センチほどのところに置いて受験勉強をしながら、よくラジオを聞いた。
 当時、ラジオ関東で「昨日のつづき」というのを毎晩、11時ごろ放送していた。15分くらいの短い番組で、永六輔と富田恵子(女優の草笛光子の妹さん)、前田武彦らの諸氏が、おしゃべりをする。内容は忘れたが、小粋でウイットのきいた語りが面白く、ほぼ毎晩聞いていた。そのほか当時は「人生論」風の番組が多く、読者の投稿による悩みに答える形であったか、女性の思い入れたっぷりな語りで聞かせる。なるほどと思ったり、そうは思わないと反発したりして、耳を傾けながら、幾何の問題を解いたり、英語の単語を丸覚えしていた。

 早朝6時半ごろ起きないと学校に間に合わないので、当然、寝不足になる。授業で居眠りをすることが多く、困ったなと思いながらも、深夜のラジオに耳を傾けてしまう。
 我が家にテレビがはいったのは、ちょうどそのころだが、深夜放送はやっていなかった。ステレオなどもなかった。で、とにかくラジオである。
 当時は高校の柔道部に所属しており、週に三日の稽古、土日は試合が多かった。
 家業の織物業の仕事もときどき手伝っていたので、自分の時間が極めて少ない。少ない時間で、効果をあげつつ、楽しみも享受したい。それが「ながら族」を促したようだ。
 とにかく、短い時間をどう有効利用するか。まだ、親父は「家業を継げ」と言い張っているし、成績をあげなければ、封建的な遺風の残る「機屋の親父」になってしまう。とにかく、そこから脱出したかった。集中力で乗り切るしかないと結論して、敢えてうるさい環境に身をおきながら、集中力を高めようと、茶の間で勉強をしたりもした。
 当時は今とちがって、「一家団欒」というものが、ごく普通に行われていた。大家族であったから、にぎやかな団欒で、夜も客が多かった。大人たちの世間話や噂話、金儲けの話などを右の耳でききながら、教科書や参考書を開いて意識を集中する。
 それが習い性になって、静かで改まった、たとえば「書斎」といった雰囲気の場所では、かえって落ち着かないカラダになってしまった。

 音楽が流れ、言葉が流れるなか、ときおり、そちらに気をとられつつも、執筆しているうち、やがて音声が聞こえなくなる。こうなるとシメタもので、集中力がまし、数時間があっという間にすぎる。その間、執筆対象にのめりこんでいるのである。
 そうして、昔なら雀、今はカラスなどの鳴き声で、朝になっていることに気づく。
 ある作家は昼間、雨戸を閉ざして真っ暗にして電気をつけて原稿用紙に向かっていたという。精神を集中させるために、人それぞれのやり方があるようだが、ぼくは断然「ながら」である。一時、テレビを見ながら仕事をしたことがあったが、これはだめだった。教育テレビはともかく、テレビはうるさすぎ、耳障りなのである。
 今もラジオ深夜便を聞きながら、執筆の合間に、「筆やすめ」で、これを書いている。先ほどまで広沢虎三の浪曲「天保水滸伝」のしぶい声が流れていたが、いつの間にかイブモンタンのシャンソンにかわっている。そうか、もう秋なのかとあらためて、季節の推移を感じさせてくれる。導き役のアナウンサーは加賀美幸子氏。この人のさりげなく、おしつけがましさのないい語りもいい。
 「ラジオ深夜便」がなくなったら、ぼくはおそらくNHKの受信料を払わない……。
by katorishu | 2004-10-10 03:23