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東京裁判の本質

 7月30日(日)
■東京地方もそろそろ梅雨明けのようだ。今年の梅雨は長く、また集中豪雨など「異常」という形容詞がつく梅雨であったが、今年の夏も異例の暑さに見舞われるのではないか。
 気象だけでなく、今年の夏は政治面でもいろいろと問題が出てきそうだ。そのひとつが靖国問題である。8月15日が近づくと、小泉首相の靖国参拝問題がクローズアップされるに違いない。次期総理は安倍晋三官房長官で100パーセント決まりのようだが、安倍氏は基本的に小泉政権を踏襲するようで、靖国問題についても小泉首相に近いスタンスをとっている。天皇発言のメモが出されたなか、安倍氏はじめ政府関係者がどういう行動をとるか、注視したい。

■この問題でしばしばA級戦犯という言葉が出るが、このもとになった「東京裁判」つまり「極東国際軍事裁判」について、現在、どれほどの国民が知っているだろうか。戦後日本の形を決めた重大な裁判だが、一口でいえば、勝利者のアメリカが敗者の日本を一方的に裁いた裁判であり、復讐裁判といっても過言ではない。
 「平和への罪」「人道への罪」という罪名をつけながら、アメリカが日本に落とした二個の原爆やソ連のシベリア抑留などにはまったく触れていない。これこそ「人道にもとる罪」であるはずだが。

■この裁判に関係したアメリカ人の中でも、マッカーサー元帥はじめいろいろな人が、その後、この裁判は「公正」ではなく、ああいう形で絞首刑にしたことを後悔していると発言している。極めて歪んだ裁判であったことは間違いない。裁判の終了時、日本はアメリカ占領軍の統治下にあり、言論統制されており、東京裁判関連について新聞雑誌が論評を加えることはおろか、裁判に触れる記事もプレスコードにひっかかった。
 そのため、当時の国民はこの裁判の本質を知らなかった。とにかく日本のやったことはすべて悪い。だから正しい国のアメリカが指導して、正しい国をつくってやるから、おとなしく言うことを聞け、という姿勢だった。そんな中で、戦後の「空気」がつくられていった。

■そもそも「言論の自由」や「民主主義」をうたうアメリカが、日本で組織的に言論統制を実施していたのである。これらをうたった憲法を日本に制定させながら、一方で検閲を組織的に行っていた。こういうことを知らない日本人が圧倒的に多い。
 仕事の必要があって、ぼくはこの裁判関係の本や資料を少なからず読んだが、冷静に判断して11人の判事の中で唯一「日本無罪論」を展開したインド人のパール判事の判決が、歴史の真実をついていると思う。パール判事はただひとり、裁判そのものが国際法に照らして違法であり、「共同謀議」など成立せず、従って日本が裁かれることの不当性を論証した。
 注意しなければいけないことだが、パール判事は日本はこの裁判では「無罪」であるといっているのであって、昭和前期の日本国家が中国大陸等で行ったことが「正しい」などとはいっていない。あくまで国際法学者の立場から法的に見て間違っていると冷静に指摘しているのである。
 
■いずれにしても、東京裁判の結果を日本は受け入れ、サンフランシスコ講和条約を結び、「独立」をはたした。そんな経緯もあり、この裁判の歴史的な意味について様々な見方がある。複雑な問題をはらんでいて、そう簡単に白黒をつけられるものではない。ただ、東京裁判そのものについては、その当否を再検証すべき時にきている。この裁判について学ぶことは、そのまま昭和の日本がなぜあの戦争に突っ込んでいってしまったのか、その経緯や理由等について学ぶことである。

■膨大な量のパール判決書や東條元首相の弁護人を務めた清瀬一郎の「秘録東京裁判」やその他、諸々の関連図書を読みこんでいると、溜息で出る。そうして、当時の欧米列強の植民地政策、有色人種蔑視政策に思いがいってしまう。阿片戦争あたりに遡って歴史を検証していかないと、戦前の日本がなぜああいう政策をとったかわからないと思う。

■以前、『山河燃ゆ』の脚本を書いたとき、関連資料をそれなりに読み込んでいたのだが、すでに記憶が薄れていることも多いし、今読むとまた別の感慨を抱く。東京裁判の焦点は戦前の日本の指導者が世界制覇の野望を抱き侵略戦争の「共同謀議」をしたとして、その罪を裁くのが柱となっている。よくナチスドイツと日本の軍国主義を同一視する人がいるが、両国が戦争に至る過程も動機もかなり違う。従ってニュールンベルグ裁判と東京裁判では意味も違う。同じ「ファシズム」と決めつける見方からは「歴史の真実」は見えてこない。

■ナチスドイツについては「共同謀議」で裁くことができても、日本については無理がある、とあらためて思う。裁判でキーナン検事等は1928年より1945年まで被告らは「共同謀議」をしたと決めつけているが、この間、何度も内閣はかわっているのである。さらに互いに一度も顔を合わせていない人もおり、戦争への姿勢もさまざまで、十把一絡げに「共同謀議」とすることはできない。
 パール判事の長文の「無罪判決」は極めて論理的で、説得力があるので、もっと多くの人に読んでもらいたいものだ。

■靖国問題について、参拝に賛成、反対をとなえる国会議員のうち、パール判決の全文を読み通した人が何人いるだろうか。東京裁判の本質をこれほど鋭くついている本は他にない。ただ、長文であり、法律用語も多様されており、簡単に読みこなせる本ではないが。
 今の時点から見て、公正な視点にたった関係書の出版が待たれる。(某社で出す予定と聞いているが、ぼく自身、時間があれば「法律に素人の観点」から検証してみたいものだ)
誤解のないよう願いたいのですが、ぼくはパール判決を歴史の経過や国際法から見て正しいと位置づけているだけです。統帥権による軍部独走政策など昭和前期の日本政府や軍部のとった政策を、評価する気にはなれません。それ以上に欧米列強がとってきたアジアに対する政策に強い嫌悪を覚えます。今似たようなことを、ブッシュ政権が中東諸国に対して行っている。歴史は繰り返すといいいますが、どうも愚行の体験ばかりを繰り返すようです。
by katorishu | 2006-07-31 04:00