コラム


by katorishu
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落ち着いた喫茶店の激減とパラレルな教養人の激減

 8月27日(日)
■喉の痛みがつづき、どうも精神の緊張が持続しない。西葛西の映画専門学校の「体験入学」の講師の約束があるので出かけた。2時間しゃべりっぱなしのためか、声がかれてしまった。喉の痛みで喉が弱くなっていたのだろう。
 こんな日は軽く読める読書に限る。往復の電車のなかで銭形平次捕物控の2編「遠眼鏡の殿様」と「妾の貞操」を読んだ。平次親分と手下の八の面貌がうかびあがるほど親しくなった。小説としての完成度は例えば藤沢周平などに比べると荒く、ご都合主義のところがあるが、大衆読み物として楽しめる。

■高田馬場にあった古風な味わいの喫茶店「あらえびす」は、確か銭形平次の作者の野村胡堂の経営していた店ではなかったか。クラシックやジャズのレコードが相当数あり、古雅な雰囲気の味わいのある店であったと記憶する。高田馬場駅と早稲田大学の中間あたりにあったのだが、まだあるのかどうか。ずっと前に閉鎖されたという話を聞いた気もする。
 ああいう落ち着いた古雅な味わいのある喫茶店は、東京でもほんとに希少価値になってしまった。荻窪の邪宗門や国立にある邪宗門などは、まだ健在であろうか。過日、神楽坂にいったおり、日曜で休みであったので前を通り過ぎるだけであったが、「パウパウ」は健在であった。ここも趣がある。近頃はやりの価格の安いコーヒー・チェーン店とは、まるで雰囲気が違い、「異空間」にはいった気分になれる。
 価格の安いコーヒー・チェーン店を日頃は愛用しており、これはこれでありがたいことだが、ああいう独特の雰囲気をもった喫茶店が街から消えていくことは寂しいことだ。

■森銑三の『明治人物閑話』を、昨日寝床で拾い読みした。じつに面白い。希代の博覧強記の文筆家、森銑三のことを知っている人は相当の読書家であるだろう。近世文芸研究や伝記ものを手がけ、森鴎外の研究家としても有数で、「森銑三著作集」は第23回読売文学賞を受賞した。もともとは図書館員であり、資料の渉猟には定評がある。大正15年に上野帝国図書館内文部省図書館講習所を卒業し、東京帝国大学史学編纂所に長く勤めつつ執筆研究活動を行ってきたひとだ。昭和60年、89歳で亡くなっている。

■森鴎外の無二の親友、井上道泰のところに森は毎週のように足を運び、資料等を見せてもらうと同時、いろいろ面白い話を聞かせてもらったそうで、そのときのことを回顧している。井上道泰は医学博士だが、眼科の町医者であり、一時、文部省の国定教科書の編纂委員もしていたとのこと。鴎外のことを、「鴎外」とは決して呼ばず「森くん」とか「林太郎くん」とか呼んだとのことだ。井上は鴎外の訳詩集「於母影」の訳者の一人でもある。
この作は鴎外の訳として巷に流布しているが、じつは井上道泰もいくつか訳しているそうである。
 森銑三の著書を読んでいると、広大で深い教養の土壌が感じられる。本当の「教養人」とはこういう人のことをいうのだろう。全12巻の「森銑三著作集」のうち何巻かを買ってもっているはずだが、どこかにまぎれこんでしまった。

■次に寝床で読もうとしている本は岡本綺堂著の『ランプの下にて』(岩波文庫)である。岡本綺堂は『半七捕物帖』や戯曲『修善寺物語』を書いた大衆小説家であり劇作家でもある。東京日日新聞の劇評記者をやっていた時代の、舞台と名優に関するエッセーである。
 最近の演劇評論家や映画評論家には太鼓持ちのように、ひたすら「ヨイショ」する人が多く、岡本綺堂のような骨のある評論をする人が少なすぎる。綺堂のエッセーからは明治時代の息吹が伝わってくる。

■昭和になって、日本は多くのものを失ってしまったことが、明治期に活躍した人の文章を読むとよくわかる。まだ江戸文化の精髄を保持していた人が生きていたからなのだろう。戦後、「団塊の世代」を中心に、教育の現場でも戦前のものはすべて悪いと教えられ刷り込まれてしまったことのマイナス面をあらためて実感する。
 もちろん、戦前には言論統制や軍部の強権など、悪い面も多々あったが、美点もそれに劣らずあった。アメリカ軍による占領時代に、「人間改造」されてしまった人が多すぎる。アメリカ軍による「日本国家改造計画」は歴史上、極めて稀な成功例であろう。
 アメリカはイラクでも同じことが出来ると思っていたのだろうが、アラブ人は日本人ほどナイーブでもお人好しでもない。ちなみに「ナイーブ」とは「世間知らずのバカ」ということである。日本では「あの人はナイーブだ」というと褒め言葉になっているが、欧米では、貶し言葉である。ナイーブな人間が多ければ多いほど、統治し管理する人は楽だろう。
by katorishu | 2006-08-28 00:05