コラム


by katorishu
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昭和天皇の素顔に迫る映画『太陽』

 9月1日(金)
■仕事や約束事以外は「突然」思い立って行動することが多い。外は小雨が降っていたが、映画を見たくなった。週刊誌で読んだロシアの映画監督、アレクサンドル・ソクーロフの『太陽』が銀座シネパトスでやっていると新聞に出ていた。終戦後の数ヶ月わたる昭和天皇の「素顔」を赤裸々に描いたものとして、日本では公開が不可能といわれていた。

■編集をやり直したのかどうか、知らない。イッセー・尾形が天皇裕仁を演じ秀逸であると噂に聞いていた。そういえば昨夜、イッセー・尾形の海外でのプロモーションを手がけるフィンランド人にあっていた。
 銀座には20分ほどでいけるので、カミサンと散歩のついでに足を伸ばしたという気分で東銀座駅までいき、徒歩数分のシネパトスにいった。すでに雨はやんでおり、涼しい風がふいていた。18時45分からの上映を見る予定だった。平日だし、客席はいつものようにガラガラだろうな、すこしは映画ぐらい見ろよ、などと話しながら行き交う人群れを縫うように劇場にいったところ、客が列をなしていた。今からだと立ち見になるという。2時間立って見るのも辛い。諦めかかったが、向かいのシネパトスの2だ3だかで20時丁度に上映するというので、整理券をもらい、その間、コーヒー店にはいり携帯パソコン等で仕事をしながら時間をつぶす。

■20時からの上映も立ち見がでた。最近、立ち見が出る映画館にいったことがなかったので、へーと思った。ほぼ満員の映画館は、伊丹監督の『マルサの女』を銀座で見たとき以来だった。あのときは、観客席の多くがネクタイにスーツのサラリーマン風だった。いつも映画館にくる人と違う「人種」がきているなと思った。
 さて、『太陽』だが、ぼくには極めて興味深い映画だった。普通の娯楽映画とちがうので「感動」というのは別の、胸元がむずがやくなるような思いがわいてきた。皇居の地下にもうけられた待避壕の中の一室で昭和天皇が食事をするシーンからはじまる。じっさいにそうしていたのか、どうかわからないが、映画では天皇は「とらわれ人」という環境にあり、神と人間との間で相克、葛藤があるようで、絶えず神経質に唇を震わせる。それを「形態模写」を得意とするイッセー・尾形が、彼以外に演じようのない巧みさで演じていた。

■マッカーサーとの会談が柱で、現実はこんなであったろうなと思わせる描き方だった。「天皇というのも楽でないです」と正直に話す天皇。ときどき天皇の意表をついた台詞や仕草は笑いを誘う。この時期の昭和天皇の胸中は極めて複雑微妙であったはずだ。史上経験したことのない「敗戦」であり、東京ほか主要都市は廃墟と化している。戦犯の指名もすでに行われており、天皇に戦争責任があるとすると、戦勝国によって死刑にされる可能性が強かった。天皇制も維持できるかどうか、わからない。
 そんなとき、敵の最高司令官の呼び出しで、従者一人を連れていくのである。育ちから、世辞にうといに違いなく、どう応えるべきか、心細い限りである。問答のシナリオもアドバイスする人もいない。
 マッカーサーとの会見については、まだ内容が秘匿されており、じっさいどんな問答がかわされたのか、わからない。60年以上が経過するのに、国が「情報公開」しないのは、公開すると困ることがあるのかどうか。

■この映画、皇国史観にたつ人からみたら、「とんでもない映画」で「おちょくってるのか」という怒りの声も出そうだが、天皇裕仁の人間らしさが出ていて、さまざまなことを考えさせられた。
 大胆な省略がほどこされ、説明的シーンや会話、ナレーションなどは一切ない。そのため、外国人や日本人でも昭和前期の歴史を知らない人に理解できるだろうか思った。
 観客は若い人が多かった。1日は「映画デー」で1000円で見ることができる。それで観客が多かったのかとも思ったが、映画デーに何度も映画を見ているが、こんなにこんでいたのは初めてだった。

■口コミでひろがったのだろう。あるいは、靖国問題で昭和天皇への関心がとくに若い人に増えているからなのか。みんな食い入るように画面に見入っていた。
 2時間の上映が1時間半ぐらいに感じられた。淡々とした描写でドラマティックなところはないのだが、緊張感があふれ、最後まで引っ張っていく。カミサンは小生ほど感心しなかったようだが、昭和天皇というむずかしい素材を、こういう形で切り取ったソクーロフの才気とジャーナリスティックな視点に敬意を表したい。もちろん、イッセー・尾形の名演技も。
 
■ソクーロフの作品はソ連時代は上映が許可されなかった。ドキュメンタリー作品も数多く作っている。このような作品が外国人によって「作られてしまった」という点に、日本人としてちょっと情けなく思った。もっとも、日本人の監督であったら、さまざまな脅迫を受けたかもしれないが。
 機会があったら、ぜひ見てください。
by katorishu | 2006-09-02 01:13