コラム


by katorishu
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映画『ダーゥインの悪夢』で描くグローバリゼーションの現実

 9月29日(金)
■午前中、脚本アーカイブズの件で足立区役所へ。昼食をとるまもなく京橋の映画美学校での『ダーゥインの悪夢』の試写を見に行く。アフリカのヴィクトリア湖は以前は生物の種が豊富で「ダーゥインの箱庭」といわれたそうだ。ところが、半世紀前にある人物がバケツいっぱいの新しい魚を湖に放した。この種は肉食の魚でナイルバーチといい、繁殖力が強く、それまでこの湖に生きていた種をまたたくまに絶滅に近い状態にしてしまった。

■ナイルバーチは巨大な魚で食用にも適する。そこに目をつけた「資本家」が加工して輸出することを思いつく。地元の有力者は外資がからみ、世界銀行などからお金を借りて、湖の近くに近代的な工場を設立し、大もうけをした。その後、相次いで解体、冷凍する工場ができ、今ではナイルバーチという魚の加工業は地域の大産業になった。ナイルバーチ成金もでき、周辺地域は潤った。グローバリゼーションを見事なまで単純化して見せてくれるような図式である。
 映画はこの「現実」をふまえ、それがもたらすのは「繁栄」ではなく、じつは「悪夢」なのであると、事実の映像と声によって語らせる。
 安直な作りのテレビドキュメンタリーであったら、アフリカの湖の周辺の町が巨大魚ナイルバーチによって「蘇った」という視点のもとに、完備された調理施設や冷凍倉庫など、経済発展をなぞることに主眼をおくのではないか。光の裏にある影に迫るには時間が必要だし、危険もともなう。個人の情熱にもとずくドキュメンタリー映画でなくてはできなかったであろう。

■『ダーゥインの悪夢』の監督はオーストリア生まれのドキュメンタリー作家、フーベルト・ザウパー。「繁栄」がもたらす影の部分に鋭く光りをあて、容赦なく対象に迫る。
 一部業者やここに雇用された従業員は繁栄の恩恵を受けるが、ほかの農民や漁民らは環境汚染もあってそれまでの農業ではたちゆかなくなっていく。貨幣経済の浸透で、お金がなければ生きていけなくなるのである。ナイルバーチ以外にこれといった産業があるわけではなく、恩恵にあずかれない多くの人は、生きるぎりぎりのところに追いつめられていく。貧困をはじめ、売春、エイズ、ストリートチルドレン、ドラッグ中毒等々が急増した。

■ナイルバーチは主にヨーロッパに、ロシア人パイロットの手で運ばれ一部は日本にも運ばれる。先進国の市場で売るため加工設備等に資金を投入した分、ナイルバーチの値段があがり、地元の人は食べることができない。地元の人は解体処理され捨てられた残骸を食べるのである。ウジがはいまわる残骸を干して、頭を油であげて食べたり売ったりする。荒涼とした光景である。

■ナイルバーチをとる漁師たちの気持ちもすさみ、売春婦との交渉でエイズにかかる人が多く、早死にする。残された子供は、ストリートチルドレンになり、戦争直後の日本の都会の浮浪児とにたような生活を強いられる。背後には終わらないアフリカ諸国の内戦ががある。
 関係国の政府や反政府組織は、軍備の拡張に多額の費用を投入しているようだ。ナイルバーチを運ぶ飛行機はロシアやヨーロッパから飛んでくるのだが、積載荷物の中に武器弾薬をいれているという疑惑が生じる。
 武器弾薬をおろして空になった飛行機で、ナイルバーチをヨーロッパ等に運んでいくのである。「このあたりに住む人は戦争をやりたがっている。軍隊にはいればいい給料をもらえるし、食べていけるから」といった意味のことを、現地の比較的インテリの人が話していた。

■「早く戦争になればいいと思っている」とあっさりいう。怖い発言である。 
 EUの代表などがやってきて、タンザニアの現地の解体、冷凍施設などが優秀で、十分欧米市場の基準に達するし、これでタンザニアの経済が潤うようなことを演説しているが、なんとも空々しく響く。
 ちょっと視線をそらせば、饑餓寸前の状態で暮らす多くの現地人がいるのである。
 そんな場所や人について外に知られたくない関係者が撮影をやめさせようとするが、スタッフはかまわず、食べ物をあさましく奪い合ったりする子供や、売春したりする人々の姿や声を伝える。キリスト教の牧師なども登場させ、エイズの危険防止のためコンドームの使用を奨励しないのかと質問する。牧師は神の意志に反するからとコンドームを奨励しないと言い切る。かくてエイズにかかる人の率は高い。ストリートチルドレンはもちろん教育を受けることなどできない。貧困は祖父から父、子、そして孫へと受け継がれていくしかない。
 
■この映画は2004年のヴェネツィア国際映画祭で受賞したりして海外で高い評価を得た。、グローバリゼーションの本質が、単純化された形で見事に浮き彫りされている。
 環境汚染と経済発展の視点ももっており、怖いと同時にこの世界について深く考えさせられる映画だ。日本での公開は、正月にシネマライズで。ぜひご覧になってください。見たら、外国ものの魚などを食べる気力がうせるかもしれません。

■夕方はさらにミュージカル劇団「ライアス」の公演を見に、新宿の「新宿村ライブハウス」にいく。小さな劇場はライブハウスが10いくつ固まって建っている一角で、再開発地域の一角にあり、あたりは原野のような広大な土地がある。
 出来具合については、後日関係者にあったとき、直接いうことにする――と記すだけにとどめよう。本日もほとんど仕事はできなかった。『北京の檻』が書店でどういう位置に置いてあるか書店を二軒みたが、目立つところではなく、あまり人のいかない歴史書のコーナーなどにおいてあった。こういうところにおかれると、売れないのが一般だ。この本もそういう経路をたどるのかどうか――。著者として「読まれない」ことが一番つらい。
by katorishu | 2006-09-30 00:40