コラム


by katorishu
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 誤解をあたえやすいメールでのやりとり 

 10月4日(水)
■現在、人と人とのコミニュケーションの取り方について、大きく分けて3つの方法がある。ひとつは直接会って話す。ふたつは電話で話す。三つ目はパソコンや携帯でのメールでのやりとり。
 以前は手紙で情報を交換したりしたものだが、すっかりメールにとってかわられてしまった。便利で手っ取り早くて良い面も多々あるのだが、思わぬ誤解も生じやすい。

■何時にどこそこで会うといった事務的な用事ならいいのだが、微妙な問題がからむ場合、メールだと、微妙さが伝わらなかったり、逆の意味に伝わったりして、感情の行き違いなどを生んでしまう。電話だと、お互いのやりとりのなかで、行きつ戻りつしながら情報を交換できるので、ある程度、行き違いが是正される。
 ただ、電話にも問題がある。受け手がどういう状態にいるかわからないところに、一方的にかかってくるのである。体調の悪い場合もあるし、ぼくなどしばしば経験することだがベルで起こされることもある。出かける前であったり、家人と喧嘩をしている最中であったりもするだろう。とくに携帯になってから時と場所を選ばず、いきなりかかってくる。受け手の状態によっては、冷たい応対やぶっきらぼうな応対になってしまう。しかし、かけた方はそんなことまで配慮しないことが多く、相手の応対の仕方で、感じが悪いとか、冷たいとか、傲慢だといって受け取りかたをしかねない。

■やはり旧来のように五感を通じて向き合って話し合うことが大事である。簡単で気楽に情報のやりとりができるメールが主流になっているが、一方で、メールのやりとりでストレスを高めている人は相当数いるはずである。
 メールでは何かを頼んだりする場合、どうしても直接的になる。直接会ってお互い気持ちをリラックスした状態で、じつは――と話し言葉を行き交わせると意思の疎通がうまくいき、不快さを与えないですむことでも、メールではそうはいかない。ちょっとしたメールの一言が、相手を必要以上に刺激してしまうこともある。
 ぼく自身の体験でも、受け取ったメールの中にかかれた一言に対し厭な気分になったことがある。その後、本人から電話があり、直接話していると、厭な気分が氷解したが。
 とくに、ものを頼んだり、こうしてほしいといった内容の場合、メールだと誤解が生じがちである。対人コミニュケーションでは直接会って話すのが一番、という点は忘れないようにしたいものだ。

■北朝鮮が核実験をやると声明した。期日などには触れていないので、「ブラフ」の可能性もあるが、現実に核実験を強行すれば現実に使える核兵器に一歩近づくわけで、アジア情勢に少なからぬ影響をあたえる。一応「民主主義」のシステムができていればまだしも、独裁国家が核兵器をもつと危ない。アメリカはじめ多くの先進国やインド、パキスタンまでもが核兵器をもつ時代である。俺たちがもってなぜ悪い、という理屈があるのだろう。アメリカなどの核兵器保有も感心しないが、国際的に孤立化を深める閉じた国が核兵器をもつと、ろくなことが起こらない。

■北朝鮮の命運を握っているのは中国である。それと超大国アメリカ。そのはざまにある日本は非常にむずかしいところにきている。安倍政権の特徴は「特別補佐官」の存在だが、どうもイエスマンばかりのようで、深い識見があるとは思えない。彼らに重大な局面にある日本の舵取りをまかせてしまっていいものかどうか。良きブレーンなきところに、良き指導者はありえない。ブレーン選びからして、この政権はうまくいかない、と予言したくなる。 
by katorishu | 2006-10-05 00:12