デジタル化が進む国会図書館
2006年 11月 15日
■久しぶりに国会図書館にいく。古い時代のことを調べるには、やはり国会図書館である。永田町駅でおり、自民党本部前を通っていった。制服の警察官の数が多い。場所がらから、黒っぽいスーツにネクタイ姿の男たちが目立つ。こちらは上下のジーンズで「職業不詳」といった雰囲気であり、何やら怪しげな重そうな鞄をかかえている。警察官の目が鞄にそそがれるのを意識しながら歩いた。携帯パソコンと資料類をいれると、10キロ近くになるのではないか。手にもって歩くと結構な運動になり、階段をのぼるときなど汗ばむ。「どうしてこんな重いものをいつも持っているのか」とよく聞かれるが、じつは運動もかねているのである。
■国会図書館も時代の流れでのデジタル化が進み、以前ほど貸し出しやコピーサービスなどに時間がかからなくなった。ただ、パソコンをやらない人は戸惑うだろうなと思った。従来の活字で検索するシステムも残っているが、目立たないし、そちらをつかう人はほとんどいなかった。入るとずらっとパソコンが並んでいる光景は壮観だ。係員がいて、わからないと親切に教えてくれる。見回すと全体的に若い人が多い。時代が急速にかわりつつあるな、とあらためて思った。
■戦前の雑誌などはマイクロフィルムというより、マイクロチィップスになっている。紙だと劣化するので、「アーカイブ」の観点からは、マイクロチップスが理想なのだろう。デジタル保存は、まだいろいろと問題をかかえており、主流になっていない。一度も国会図書館にいったことのない人は、一度ぜひ行ってみることをおすすめします。いろいろと発見がありますよ。
■図書館が充実しているのも、その国や地域の「文化度」「文明度」をはかる目安になる。国会図書館に収蔵されている膨大な書籍・雑誌類は、過去に生きた人達の、他にかけがえのない記憶の記録である。
本日は、仕事で必要な調べものをするために足を運んだのだが、戦前の雑誌類を見ていると、じつに興味深く、脇道にそれていってしまい勝ち。80前後と思われる老人がマイクロチップスの読み取り機械の前で、古い雑誌にのった小説をじっと読んでいたりする。ノートにしきりに書き取っていたので、研究者か、趣味の人か。いずれにしても、味のある良い顔をしていた。
■国会図書館は文字通り、国会での審議に役立てようと戦後できた図書館である。戦後できた数々ある組織のなかで、もっとも意義深い施設だと思う。ここに収蔵される「知」を民族の「宝」として後世に伝えていかなくてはいけない。
以前は国会図書館の閉館時間はお役所らしく17時であったが、今は19時になっている。国民へのサービスのために、改善されたのだろう。仕事をもっている人たちがいけるように21時ごろまでやるようになるといいのだが。一般の公共供図書館も20時まで開館しているところが多くなっているが、こういう文化施設には行政も予算と人員を割り振ってもらいたい。しかし、こういう「文化施設」の予算が真っ先に削られる。政治家にとって「文化」は票にならないし、政治家がからんでいないので、予算も削りやすいのだろう。
■確かに10年ほど前にくらべ図書館の新館図書の数が減っている。「教育改革」とか「基本法改正」を声高にいっている政治家が、案外本を読んでいない。本を読むことは考えることでもある。マスコミ等の「マインドコントロール」から脳を守るためにも、すぐにでもできる読書をおすすめします。読書ほど簡単にできる脳の鍛錬法はない。読書をすることで損をすることなどほとんどなく(目が疲れ近眼になりやすいことくらいか)、得することばかりなのに、損得勘定にめざとい現代人の多くが読書をしないのは、まことに不思議な現象ですね。