コラム


by katorishu
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じつに久しぶりに「紅白歌合戦」を見て、謹賀新年

 元旦(月)
■いちおう新年なので、新しい気持ちになって、「新年あけましておめでとうございます」と型どおり記します。
 あまりおめでたい気分にもなれないのですが、ま、それはそれとして、気持ちを引き締めて、「タイタニック号」化した21世紀をぼくなりに考えて、いろいろな「カタチ」にしていこうと思っています。このブログもそのひとつですが、ただあまり煮詰めたものではなく、その日思いついたこと感じたことを短い時間に気ままに綴ろうというものです。

■大晦日は浅草稲荷町の知人宅に10数人あつまって「年越し忘年会」。じつは忘年会をこのように大勢で集まってすごすのは初めてだった。ちょうど知人宅へいったところNHKの紅白歌合戦がはじまっていたので、それを横目で見つつご馳走を食べ酒を飲みつつ歓談した。みんな酒が強く、酒に弱いのはぼく一人のようで、水を飲む量が多くなる。

■結局、紅白が終わり除夜の鐘が鳴るまでいた。その後、何人かは最上階の部屋にうつって「新年会」を開くのだという。みなさん、タフで酒に強い。以前、自宅であった場所をビルに建て替え、上の2フロワーを「自宅」として使っているので、そういう恵まれた「芸当」ができるのである。
 紅白のなんとも形容できない画面をときどき見ながら、酔った人はカラオケのように歌ったり、また別の歌手の場合はけなしたり、下手くそと罵倒したり、これはうまいとほめたりした。いいたいことをいいながら飲み食べ、しゃべり、ときおり画面に目を移すという見方には、「紅白」はふさわしい番組であったかもしれない。

■前後編で4時間15分ほど。「紅白」を最初から最後まで「まがりなりにも見た」のは何十年ぶりか。「国民的番組」などといわれたためか、いつのころからか、「芸能ショー、バラエティ化」してしまった。じっさい、見ていると恥ずかしくなるような場面が多く、自然、見なくなったのだが、あらためて大勢でいろいろなことをいいながら見ると、結構楽しめる素材にあふれていた。

■「NHK的ギャグ」といったらいいのか、これはこれで「アナクロニズム」でもあり笑わせる。ただ、「見栄え」に凝れば凝るほど、肝腎の歌が消えてなくなる。これは以前のような「歌番組」とは似て非なるものだな、とあらためて思ったことだった。

■ストリップ小屋でやっていたショーに近いところもある。乳房をだし、丸裸の踊り子がでたところでは、ここまでやるかと思ったが、あとでアナウンサーが「これは裸ではなく、衣裳です」などと弁解していた。
 とにかく「数字」をとりたい制作サイドの「鬼面人を驚かす」姿勢が丸見えで、ふと、これは何かに似ているぞと思った。そう、大恐慌後に流行った昭和初期の「エログロナンセンス」そのままである。あのころより映像技術が向上しているので、やや洗練され派手になってはいるものの、同じ趣向だと思った。(文献資料で調べて知っているのですが)

■視聴率が落ちたとはいえ、国民の半分ほどがこの番組を見ながら新年が迎える……それを「美しい日本人」とはとてもいえない。皮肉でいってるのですが「みんないっしょ」という村社会は、NHKの紅白歌合戦が続くかぎり存続するだろう。洗練させようとすればするほど「野暮で田舎」っぽくなっていく。

■バカ騒ぎが終わったあとの「ゆく年くる年」の寺などの情景は対照的に静かで、気持ちが落ち着く。この静かさを印象づけるために「バカ騒ぎでうるさい」紅白を配置したのか、と思えるほどだった。
 そういえば、以前はNHKをのぞく民放各局はみんな同じ「行く年くる年」の番組を流していた。毎年ひとつのキー局が制作をうけおい、同じ番組を流すのである。各局同じの「行く年くる年」を流したのは1990年が最後であったと記憶する。

■じつはこの最後のとき、ぼくは「構成者」としてかかわっていた。この年はテレビ朝日が制作する番で、局内各所からプロデューサー、ディレクターらがあつめたれ「特別プロジェクト」がつくられていた。まだ始まったばかりの「朝まで生テレビ」の関係者もいて、ぼくが「あれは面白い」というと、あるプロデューサーが「あれはプロレスみたいなものですよ」といった。そのことが妙に記憶に残っている。
 その後、「朝まで生テレビ」は日本のテレビ史に残る「名物番組」に成長した。

■帰宅すると、その「朝まで生テレビ」がはじまるところ。炬燵にはいり、半分眠りながら、「日本の外交」問題についての識者の議論をきいた。多少、おやっと思わせるところもあったが、「数字」をあげるために「プロレス中継」の尾てい骨を残していて、議論が深まっていかないキライがある。
 総合雑誌などの論文をじっくり読んだほうが得るものが大きい。しゃべるときと違って、活字になるとなると書き手は自分の考えを煮詰めて、推敲したりして言葉を選びエッセンスを記すように心がけるものである。

■ただ、本や雑誌等を読まない人には、この番組はそれなりの影響を与えるのでしょうね。
女性のパネリストが社民党の福島党首ひとりという人選がよくない。日本には一家言のある女性も沢山いると思うのだが。声のでかい人が目立つのですね、この種のディベート番組は。
 外交であったら外務省きってのロシア通の「外務省休職中」の佐藤優氏や桜井よしこ氏なども加えないと。出演を打診したのに断られたのかもしれないが。
 多様な意見、異なった意見、価値観を、時間をかけてじっくりぶつけあうことで、「堅い」政治や外交を多くの国民に親しみやすくさせた。その意味はあり、番組の仕掛け人で昨年亡くなった日下雄一氏や田原総一朗氏を評価できるが、一方「ポピュリズム」政治を醸成する懸念もある。この番組に触発されて、とくに若い層が国際関係の本をよく読むようになるといいのだが。
 ボーダレス社会のなか、外国での出来事が国内に直結することも多い。日本という国を知るには、日本の過去をともに外国を知ることがとても大事である。
by katorishu | 2007-01-01 20:50