自民惨敗、政治の主権は国民にある
2007年 07月 30日
■参議院選挙の投票日である。最近は期日前投票をしているので、投票所へは行かなかった。20時半ごろからテレビの選挙速報を見た。全国的に天候が悪く投票率はあまり上がらないのではと思った。結果として、組織票にたよる率の高い与党に有利かと思い、自民党の数字を42と読み、公明党が10と読んでいたのだが、結果は与党の大惨敗であった。
■政治の主権が国民にあるのだということを、多くの国民が学んだのではないか。日本を実質的に牛耳っているのは霞ヶ関の官僚である。これまでの与党政治は基本的に彼らの政策の上に乗っているにすぎない。政治の本質は国民から受け取った税の配分をどうするかの問題であるが、予算配分の権利を多くにぎっているのは、選挙という洗礼を受けていない官僚である。
■社会保険庁が図らずも、これまで隠されていた官僚支配の構図を顕在化させてくれた。これは社会主義国や国家社会主義と似たようなものである。国民が政治的に熟していないので、「頭の良い」官僚システムにまかしておいたほうがいいという意見もある。戦後ずっとこのシステムは比較的うまく機能してきた。じつは様々な欠陥をかかえるシステムであったのだが、右肩上がりの経済成長のもと、いろいろな矛盾や問題点が覆い隠されてきた。
■しかし、もうこのシステムも限界にきている。ぼくはウオフレン氏の『日本/権力構造の謎』などを読むまで、このシステムのカラクリを知らなかった。なるほど、そんな仕組みになっているのかと、驚いたものだ。このシステム、国民生活のすみずみにまで行き渡っているので、直すのは容易ではない。
■現代日本のかかえている問題は、深く重い。政治だけでなく、多くの国民の意識もかわらなくては、解決できないだろう。
霞ヶ関の官僚システムとこのシステムに寄生している「既得権益層」をどう壊して再生させていくか。今後の政治の動きに注視したい。
東京都選挙区でエイズ問題で著名になった川田龍平氏が当選したことは、参議院らしくてよかった。
■ところで、衆参両院での与野党の「ねじれ」は、いずれ政界再編に結びつくだろう。自民党は分裂し、恐らく民主党も分裂する。日本は戦後実質的に「アメリカの植民地」であるので、ブッシュ再選後のアメリカ政治をにらみ、小沢一郎氏がどういう戦略を打ち出すか、注目したい。
霞ヶ関の官僚支配の脱却を以前から小沢氏は主張しているが、真価が問われるのはこれからである。それにしても、これだけ大敗をしたのに、安倍首相は退陣しないという。どうもこの内閣、責任の取り方というものをわかっていないのではないか。
社会の劣化と共に政治家の器もだんだん小さくなっていく。
■「自由競争」は大事だが、極端な「格差」を生じさせることは社会の不安定化をもたらす。そこにこそ政治が切り込むべきことである。弱肉強食の「獣の社会」にさせないため、「強者(システムで恩恵を受けている層)」には厳しく、「弱者」「ハンディをもった人」には優しく――それが政治のやるべきことである。
いずれにしても、現代日本のかかえている問題は食糧問題、環境問題、格差問題、少子高齢化問題等々、極めて深刻で、そう簡単に解決できることではない。本日の選挙結果が問題解決の一歩になってくれればいいのだが。あまり期待感を持たずに見守りたいものだ。