東京にも必要な「公共事業」は相当ある
2008年 02月 11日
■ずっと早起きが続いている。朝日をあびて外を歩くことを、しばらく忘れていたが、やはり朝の空気は都心に近い緑の少ない一角でも心地よく、生き返った気分になる。大井町まで20分ほど歩き、コーヒー店で執筆作業と「名作映画」のDVDを見た。映画を見るのも仕事の一環で、検証しながら見るので素直に「楽しむ」というわけにはいかないが、「名作」といわれた作品には、それなりの力がある。
■12時半ごろ帰宅の途についたが、いつも歩くゼームス坂という通りで水道工事をしていたので、横町の路地に入ったところ、狭くまがりくねって行き止まり。車はもちろん入らないし、木造家屋が密集しているので、火事にあったりしたら大変だなと思った。いずれやってくるに違いない「東海大地震」か「東京大地震」にあったら、類焼し大変な事態になるのでは……と心配になる。こういう消防車も入れないようなところが、東京には相当ある。
■道路特定財源問題は「地方の道路建設の問題」といわれ、その方面での議論が盛んだが、都会の防火や大地震対策は、あまり手をつけられていないし、素人目にも「危険」と思われるところが数多くある。「行き止まり」などになる狭く曲がりくねった路地は「散歩が趣味」のぼくに好きな風景で、コンクリートの塊の「マンション」などにかわって欲しくないのだが、防火・耐震という観点から見ると、相当問題がある。
■税金をこういうところにも投入する必要があるのだろう。問題は「談合」などで、土木建築資材などが「相場」より遙かに高い価格で入札されていることだろう。以前、公共工事の現場でアルバイトの肉体労働をしたことのある若い俳優がいっていた。「公共事業だと、現場は相当いい加減ですよ。砂利トラックがきても、荷物をおろさずそのまま帰ってしまうこともあったし。書類上、『運んできた』ってことにするんでしょうね。一般工事と公共工事とでは、無駄遣いの程度が明らかに違ってましたね。現場のアルバイトでもわかるくらい」
■ずいぶん前のことで、今は無駄はずっとはぶかれているのだと思いたいが、「族議員」などがあれほど固執するところを見ると、公共事業には相当な「うまみ」があるに違いない。国民からとった税金である。「必要な公共事業」は実行すべきだが、原価計算など厳しい監視のもとで実行してもらいたい。「低額納税者」の身ながら注文をつけたい、と思ったことだった。