2006年 02月 26日 ( 2 )

 2月26日(日)
 昨日、脚本アーカイブスの勉強会をやっている最中、佐々木守さんの訃報がはいってきた。数年前、放送作家協会の理事を2年間、つとめられ、その関係で何度か親しく話す機会があった。
 ひところ、テレビドラマ界で「佐々木守」といったら、昭和30年代から50年代初期まで「超売れっ子」の脚本家で、当時、佐々木さんの書いたドラマを一度も見なかった日本人は、ほとんどいないのではないか。

佐々木さんは、大島渚監督のもとで助監督をつとめ、映画「日本春歌考」「絞死刑」などの脚本を執筆した。テレビドラマは、「ウルトラマン」「七人の刑事」「コメットさん」「柔道一直線」等々、大変な数の脚本を書き、毎週のように「脚本佐々木守」という文字がテレビ画面に出ていた。

 佐々木さんはある時、故郷の石川県に生活の根拠を移した。そのころから、ドラマから「佐々木守」の文字が消えたと記憶している。
 別に本人が休筆宣言などしたわけではなく、注文が急減したのである。特にテレビ界では、東京や大阪という大都会を離れると仕事が急減するようだ。北海道の富良野に引っ込んだ倉本聡さんなど例外中の例外だろう。もっとも倉本さんにしても、東京の荻窪に家を残してある。

 絶大な人気を誇っていたコメディアンの萩本欽一氏が、1年間休業し復帰しようとしたところ、ほとんど仕事がこなくなったというのは、テレビ業界では有名な話である。
 特にタレントたちはそんな先例があるので、とにかく画面に出続けようとする。当然、芸を磨く時間もなく、芸は落ちる。それでも「画面に出ている」者が勝ちなのである。
 
 佐々木さんとは何度か居酒屋でじっくり話を拝聴する機会があった。昔のテレビ界の話はじつに面白かった。「それはぜひ本にまとめるといいですよ」と申し上げた記憶がある。 佐々木さんは放送作家協会の理事を1期2年つとめて辞めてしまった。辞めるときの挨拶は、今でもぼくの記憶に残っている。
「ぼくが理事に立候補したことについては、密かな期待がありました。劇画の原作などを書いたりして、しばらくテレビ界を離れていたので、理事になり業界と触れることでドラマを書くチャンスがあるのではと思っていました。でも、この2年間でついに1本も注文はなかった」

 その場は一瞬シーンとなった。あの「超売れっ子」の佐々木守さんにして、こうなのである。テレビ界の「移ろいやすさ」をその場にいた人たちは実感したのではないのか。
 バブル期に「トレンディドラマ」が増え、ホームドラマが急減したころから、流れが変わってしまったようだ。制作現場のプロデューサーなどが30代から40代前半ぐらいになり、「とにかく若い人が見るものを」という傾向が顕著になった。

 そのころから、数人の例外をのぞいて「作家主導」の路線が消えてしまい「タレント、それも若いタレント」主導路線になった。
「ホームドラマ」を中心に書いていたぼくなども、以前はそれこそ「ふるように」仕事があったのだが、急激に注文が減っていった。関係があるのかどうかわからないが、都心から離れた川越に仕事場を移した時期と重なる。ぼくの場合は要するに「面白くなかった」ということなのだろうが。
 時期を同じくして「大人の鑑賞に堪えられるドラマがなくなった」という声が業界の内外から出るようになった。

 ぼくの知るテレビ関係者の大半が、「この傾向はよくない」と思いながら、その流れに抗することができなかった。理由は、若者主導の路線が「数字」をとったからである。
 数字はお金に直接結びつく。「拝金教徒」全盛の世の中、数字こそカミサマになっていった。内容など二の次、三の次で「なにがなんでも数字を」ということになってしまった。

 視聴率の調査は現在ビデオリサーチ1社だけで、500程度のサンプルから弾き出される1分ごとの視聴率が、テレビ編成のすべてを決めているいっても過言ではない。
 本来、視聴率イコール金に結びつかないNHKが、数字に極めて敏感になったことも、数字崇拝を助長させることになった。NHKの連中が一番視聴率を気にしているという声も聞く。

 そういう「数字(お金)」崇拝の流れの中、頂点の部分にホリエモンが生まれたといっていいかと思う。
 「銭を儲ける者」が時代の勝利者という流れの中、「若者文化偏重」がもたらした弊害が、今、社会の随所に起こっている。

 アメリカのCBSドキュメントがTBSで深夜放送されているが、女性のスルー記者(この方は60歳前後だが贅肉もなく颯爽としてじつに格好がいい)はじめ、取材しコメントする記者たちは60代、70代である。年輪と経験、豊富な知識をもとに対象に深く鋭く突っ込んでいき、じつに興味深い。
 日本のテレビはそもそもアメリカの真似をして出発したのだが、最良の部分はほとんど学んでいないようだ。
 佐々木守さんは享年69。まだまだ良い仕事が出来たはずである。亡くなる前、今の時世をどう思っておられたのか。いずれにしても、ご冥福をお祈りしたい。
by katorishu | 2006-02-26 22:57
 2月25日(土) 
 珍しく午前8時起き。10時半から北千住の学びピアで、脚本アーカイブスの勉強会があり、それに出席のため。世の多くの人はおそらく、毎日これより早い時間に起きているのだろう。
 寝たのが午前4時ごろだから、4時間足らずの睡眠。それもレンドルミンともう一粒、クリニックで処方された薬を飲んで強制的に眠ったので、目覚ましで起きたときの気分は最悪だった。
 
 日本でも数少ないアーキビストの小川千代子氏が講師で、食事をはさみながら3時間ほど、貴重な話を聞いた。記録文書の保存といっても、いろいろな問題があり、一筋なわでいかないことがよくわかった。
 デジタル化をして「保存」することの危うさなどについても、認識をあらためた。デジタル情報は「危機管理」の観点からも、まだまだ問題が多いようだ。便利さの裏にある危うさについて考えずにいられなかった。
 
 出席者の一人でIT情報誌の編集長をしていたBさんが「デジタルとかITとかに、すごく不信感をもっています。はっきりいって、最近は嫌悪しています」と話していた。これは驚きだった。
 デジタル技術は穴だらけであり、Bさんにいわせれば、数ある穴の弱点をつき、金融面で金儲けに結びつけたのが、ホリエモンであるという。
 これが「愉快犯」のほうに向かうと、ハッカーとなるのだろう。

 つまり、ホリエモン(役員などの仲間も含めて)はある意味で、ハッカーと同様なのである。今後、例えば数人の大学生が、インターネットの穴を利用して一つの国の中枢を麻痺させ、戦争に匹敵する大惨事を引き起こさないという保証はない。
 SFの世界のような話だが、実際に起こり得ることである。以前、アメリカの学生がガードが堅いとされているペンタゴンの中枢のパソコンにまで入り込んだというニュースがあった。これから先、人類は案外、ごく少数の、つまらない連中によって滅びるかもしれない。

 大変な世の中になったものである。
 そういえば森首相時代「IT、IT」と叫んでいたのも、竹中平蔵氏だった。別にぼくは竹中氏個人に恨みがあるわけではありません。アメリカで経済学を学び、その理論を日本で国民相手に「臨床実験」したのではないかと思えてしまうのです。机上演習ならかまわないが、実世界に応用してみたくなる学者馬鹿がいるのです。

 夜、アメリカで弁護士をしているK女史と長電話。事情があって、日本で弁護士事務所を開いているアメリカ人弁護士と一緒に仕事をすることになりそうだという。「守秘義務があるかもしれないが、面白い話があったら、そっと教えて」などと昔の同級生のよしみでいったりした。
 物書き稼業というのは因果なもので、ひとの不幸が格好のネタになることがある。
 光の裏には必ず影があるというのが、ぼくの持論である。世の中「悪」ばかりの人はいないし、逆に「善」ばかりの人もいない。「善人」を強調したり「美談」として祭り上げる人や現象があったら、必ず「裏」があると思ったほうがいい。
 
 長所もあれば短所もある。賢くもあり馬鹿でもある。天使の心と悪魔の心をあわせもつ怪物。
 それが人間なのです。
 それでも圧倒的多数の人間は、天使の心と悪魔の心の比率が7:3か、せめて6:4ぐらいなのですが、これが3:7か2:8のような人がいるのですね。政治家などは、4:6ぐらいか。しかし、それでは「陣笠議員」ですね。2:8ぐらいでないと総理クラスにはなれないでしょう。
 犯罪者の中には1:9という人もいますが、案外、8:2ぐらいの人が罪を犯してしまうのです。大人になっても「子供のように純な心」の持ち主は、世の中に適応しにくい。自分で自分を追い込み、自殺へと至る人もいるでしょうが、逆に「義憤」が世間にストレートに向かい、つい約束事(法律)を破ってしまうのです。
 お前は……といわれると、うーん……5:5ということにしておきましょう。 
 
by katorishu | 2006-02-26 00:46