カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

<   2008年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

 10月10日(金)
■アメリカ発の株安が止まらない。まさに底なしであり、つるべ落としである。余波で日本の株も8000円の前半にまで追い込まれ、金融市場から悲鳴があがっている。協調介入を何度やっても下落に歯止めがかからず、すでに金融システムそのものが破綻しているという声もある。

■世界を流れる経済の「血液」がとまってしまうことで、人だったら脳貧血どころか、脳梗塞にかかったようなもの。アメリカ主導の「市場経済」システムが機能停止になったということだろう。怖いのは、これが「実体経済」に深刻な影響をあたえることだ。

■銀行の貸し渋りや、貸しはがしが増え、中小零細は倒産の危機にさらされる。ブッシュのアメリカの失政と非難していても始まらない。アメリカ発の大津波の衝撃をどう和らげるか、官民あげて効果的な対策を時をうつさず講じて欲しいものだ。

■急速な円高で輸出に頼る企業は、深刻な打撃をうける。一方、穀物や原油高で値上げした商品は、原油などがさがったのに、価格をさげようとしない。経済の急激な変化に乗じて、ボロもうけする企業もあるようだ。ただ、もうけるところは、ごく一部で、大半の企業はマイナスのスパイラルにはいっていく。

■自分は株などやっていないから関係ない、という人がいるが、現在の経済の実態をあまりに知らない人というしかない。数十年前ならともかく、市場原理主義経済やグローバリゼーションの浸透で、株価は実態経済と深く結びついている。

■CS放送にでているエコノミストは、じっくり時間がるあるので、かなり突っ込んだ意見をはいているが、あるエコノミストによれば、今のマーケットを支配しているのは恐怖感であるという。どこまで破綻していくのか、底がわからないので、怖さも倍加するようだ。以下、植草一秀氏のブログより

●日本の1990年代では、3倍に上昇した資産価格が元の水準以下に暴落して、大混乱が生じた。200兆円融資して購入した資産の時価評価が50兆円程度になり、150兆円規模の損失処理が必要になった。その過程で、金融機関の破綻が広がった。
この日本の事例を念頭に入れたのでは、米国の金融危機は説明できない。謎を解く鍵は「レバレッジ=てこ」なのだ。「デリバティブ」と呼ばれる金融派生商品の世界が際限なく広がった。その機能を一言で説明すると、「少額の投資資金で巨額の金融取引が可能になる」ということだ。債券先物取引の例で示すと、証拠金比率1%での取引を認めると、投資家は100万円の元本で、1億円の債券を買うことができる。額面100円の債券価格が1円変動すると、100万円の損益が生まれる。100万円の元手が1日で倍になったり、ゼロになったりする。


■そういうことである。例の痴漢問題で逮捕されマスコミに登場しなくなった植草氏だが、傾聴に値する意見を述べている。二度目に植草氏が逮捕されるすこし前、ある酒席で植草氏と隣り合わせたことがある。「品川駅での手鏡事件は、まったくのえん罪で、小泉改革を批判していた私を罪に落とすための謀略です」と話していた。二度目の逮捕で、完全に植草氏はマスコミや学界から追放されてしまったが、ブログがあるため、意見を発信しつづけている。ぼくがよく目を通すブログは元NHKの経済記者の池田信夫氏のブログなど5つほどあるが、そのひとつが植草氏のブログである。マスコミ情報ではわからない経済の問題点を鋭く指摘している。読むに値するブログのひとつです。

■それはそれとして、今後アメリカは世界での存在感を急速に失っていくだろう。世界の多極化が進むにちがいない。誰であったか、世界は第一次世界大戦の前のような状態になったと話していた。そのころと決定的に違うことがある。インターネットの普及で情報が一気に世界をかけめぐるということである。

■これがプラスに作用するか、マイナス要因になるか、未だわからない。いずれにしても、当分の間、世界は不安定化する。ブッシュ大統領は、アメリカの権威を失墜させた張本人として、歴史に名をとどめるに違いない。

■「すべては脚本・シナリオから始まる!」という本の見本を昨日、編集者から受け取った。時間をかけて書いた本で、ほぼ満足しているが、部数が少ないので結果として値段が高くなる。地味な版元だし、広告宣伝もあまりしないとのこと。いかに多くの人に読んでもらうか。むずかしいことである。
by katorishu | 2008-10-11 02:05
 10月9日(木)
■3人の日本人に物理学部門でノーベル賞が授与されたのに続いて化学部門でも受賞者をだし、暗いニュースがつづくなか、ほっと明るい気分になる。
 地味な場所でこつこつ積み上げてきたことが、顕彰されるのは素晴らしいことだ。受賞者のいずれもが謙虚で、恥ずかしがり屋の一面をのぞかせているのも、好感がもてる。

■「俺が俺が」「自分が」と他をおしのけても、しゃしゃり出る人が多い中、さわやかな風に接する思いである。4人に共通するのは、ある種の「職人気質」である。自分の仕事はどこかで社会に役立っているのだと信じて、日々、愚直に「仕事」を積み上げていく。そんな良い意味での「職人気質」が失われて久しい。

■ノーベル賞の受賞がきっかけとなり、そんな「職人肌」で物事にむかう人が増えることを期待したいものだ。敗戦でうちひしがれていた昭和20年代、湯川秀樹博士のノーベル賞受賞がどれほど国民を勇気づけたか。それと「フジヤマの飛び魚」と称された水泳自由形の古橋広之進氏が、相次いで世界記録を更新したこと。この2人が青少年にあたえた「勇気づけ」は計り知れない。

■学生の理系離れが進んでいると伝えられるなか、それに歯止めがかかるのではないか、と期待を抱かせる。今後、日本が世界で存在感をしめすのは、「物作り」であり、そのための地道な基礎研究が大事である。それと、芸術・文化で秀作、傑作を作り出すこと。このふたつの領域に国民の英知を結集させていけば、まだまだ日本は捨てたものではない。
 この両輪をないがしろにしたら、明日の日本はない。日本の進むべき道が見えてきたと改めて思ったことだった。
by katorishu | 2008-10-10 00:09 | 文化一般
10月8日(水)
■茨城県のつくば市で行われた国民文化祭のプレイベントに出席する。国民体育祭、国体はよく知られているが、23回を迎えるのに、国民文化祭についてはあまり知られていない。日本放送作家協会では2年前から国民文化祭のプレイベントにかかわり企画・制作に協力している。ぼくは「実行部隊」にはいってなく、本日は観客としていった。早めにいったので、茨城国民文化祭のために作られた弁当をご馳走になった。基本的に地元茨城でとれた素材をつかった弁当で、11種のおかずが配置されていて、美味であった。

■夜遅く帰宅しCSテレビをつけると、本日株価が900円以上さげて9000円を割りかねない数値になっているとのこと。株価だけが下がるのなら、問題はないが、株価下落は確実に「実態経済」を直撃する。日本はすでに不況に突入しており、消費は低迷し、銀行の貸し渋りも強くなっている。今年の暮れを乗り切れない中小零細企業も続出するだろう。憂慮すべき事態である。

■「実体経済」が傷つくことは、多くの人が「食えなくなる」ことを意味する。食えなくなれば、食うために、ひとは何でもする。命を維持するのが動物の本能である。つまり、多くの人が食えなくなれば、社会はケモノの世界にもどっていくのである。

■金融危機はアメリカの奢り高ぶりが招いた結果といっていいだろう。テコの原理で実態とかけはなれた膨大な「資金」を作りだして金融商品に注ぎ込み、ごく一握りの人が大変な利益をあげる。破綻したアメリカの証券会社の社長など、40億50億の高収入を得ていた。こんなことが長く続くはずはない、と心ある人は思っていた。いわゆる「グローバリゼーション(世界のアメリカ化)」は世界を不幸にする、と警鐘を鳴らすひとがいたが、無視されてしまった。
 警鐘は当たっていたのである。

■大恐慌にはならない、と強調するエコノミストも多いが、どうなのか。今、世界は本当に危ない。危ないからと、多くの人が縮こまって、消費をひかえる。それがさらに中小零細企業を直撃し、倒産、失業者を増やす。悪のスパイラルがはじまろうとしているのである。金銭的に余裕のある人は、こういう時こそ、消費して欲しいものだ。消費して、とにかく経済の「血液」である資金を社会にまわす。そうしないと、失血死してしまう。「緊急事態」なのだから。
 しかし、政官財とも、どうも有効な手立てはないようだ。この数ヶ月で、世界の運命が決まるかも知れない。それほど深刻な事態というべきで、世界経済のニュースから目を離せない。
by katorishu | 2008-10-09 03:21
10月7日(火)
■近頃珍しく明るいニュースとして、日本人物理学者3人にノーベル物理学賞が授与されるとのこと。地味な分野に光があたることは大事である。心から、よかったと思う。それにしてもこの理論を公にしてから、何十年もたって評価されるなど、科学の分野では評価をくだすのに、たっぷり時間をかけているのだな、とむしろそのことに驚き感嘆した。

■受賞の対象となった素粒子についての論文を発表したとき、二人の学者は20代であったという。このことも、驚きだ。長い時間をかけて、ものごとを評価することを、今の大半の日本人は忘れてしまっている。テレビの視聴率など分刻みで記され、翌日には制作側にまわってきて、善し悪しが安易に簡単にくだされる。早ければいいものではない。

■アメリカの金融危機というより、金融崩壊によって「アメリカ帝国」の終わりがいわれている。アメリカ的な経済原理主義のものさしで物事を評価してきたムキがあるが、そろそろそういう物差しから、別の物差しに変えるときにきているようだ。この面で、独自の文化をもつ日本が世界に発信できることはいろいろとあるはずである。今なお日本を実質的に動かしている霞ヶ関の官僚たちも、深く考えてほしいものだ。

■金融危機の余波は深刻だが、これを奇貨として、これまで世界をおおってきた「価値観」を根本的に見直すべきときにきている。危機は「チャンス」でもあるのだし、ここから新しい「生き方」や「社会システム」が生まれるかもしれない。

■こういう時代だからこそ、せめて前向きに考えたいものだ。そうして、試行錯誤する中から何かが生まれてくるはずだ、と信じたい。繰り返すが、時間の風化に耐えてきたものこそ、尊いし、価値がある。薩長の藩閥政治が作り上げた明治以降ではなく、江戸までさかのぼって、先人の英知を学びたいものだ。

■仕事のほうでは、「終戦直後」からまた「戦国乱世」にもどって、当時の空気を呼吸していた人の気分に可能な限り近づいて、生き、悲しみ、憤り、喜び……等々している。物書きとは因果な商売でもあるが、同時に面白い商売でもある。
だからこそ多くの若者等が参入したいと意欲を燃やし、日々努力をしているのだろうが、参入して「一人前の物書き」として認められるのも、むずかしいし、さらにむずかしいのは、10年、20年と続けることだ。一時華やかな脚光をあびたものの、いつしか忘れ去られている「元有名物書き」を何人も知っている。日々努力をし、生涯一書生の気分で研鑽をつまないと、やがて消える。そんな努力をしていても、時代の嗜好にあわなくなると、用なしになってしまうのだが。
 それでも、地味なところで、こつこと書いている物書きもいる。こういう人がもっと評価されなければ、いけないのだと思う。おそらく時代がかわれば、また光があたるであろう物書きが、何人もいる。
 
by katorishu | 2008-10-07 23:05 | 文化一般
10月7日(火)
■俳優の緒形拳さんが亡くなったという。享年71。6日、「わかった」ということで、関係者によると、最近体調を崩していたとのこと。死因などは不明であるという。
 9月30日には、倉本聰脚本の連続ドラマ「風のガーデン」の制作発表に出席し、元気な姿を見せていた、とのことだが。

■緒形さんには「今村昌平伝説」を書くため、以前、都ホテルでインタビューしている。そのときのチャーミングな話しぶりは強く印象に残っている。「女衒」で東南アジアロケをしたときの「思い出」は強烈で、「胸躍るというか、あんなに胸がわくわくしたことは、後にも先にもない」と語っていた。新国劇の重鎮、辰巳柳太郎と今村昌平監督の「確執」などについても。

■以前、ぼくが脚本を書いた朝日放送創立記念ドラマ「静寂の声」に乃木大将役で出ていらした。余人をもって代え難い、存在感のある俳優であったし、元気そうであったと聞いているので、どうして……という思いが去らない。合掌。


 
by katorishu | 2008-10-07 04:02 | 映画演劇
 10月6日(月)
■過日このブログで『不良老年」の本のことに触れたが、早稲田大で教えていたときの教え子のF君が早速買って父親にプレゼントをしたという。「老いが進みつつある父に本書はうってつけ」でおもしろがるに違いない、とメールをしてきた。こういう読者はほんとにありがたい。F君は熱心な学生で、ほとんど休まず出席し、長いシナリオを書いてきた。三軒茶屋の居酒屋に誘って講評した、と記憶する。熱心な学生の何人かとは、いまでも繋がりがある。「教室」だけが授業ではないのである。

■ところで、これから人口の相当数をしめる「老年」層。彼等がとにかく元気で活動してくれないと、この国は危ない。私見では、まじめ一辺倒より「不良性」をもった老年のほうが、活躍の期間も長い。それだけエネルギーが豊富なのだろう。この本には「老いてますます盛ん」な「不良老年」の生き方のエッセンスがつめこまれている。中高年予備軍にとっても、大いに参考になるはずである。
 東海大学出版会という地味な出版社で広告も派手にうっていないので、知らない人が多いが、読んで損はしないと思います。願わくば一人でも多くの人に読んでいただきたいものです。

■これ以外、右を見ても左を見ても良いニュースは見あたらない。週間ダイヤモンドが「世界大破局」という大特集をくんでいる。同誌によれば、これからが金融破綻の本番で、いまは序曲にしかすぎないという。本日、日本株も1万円をきりそうになった。明日にでも1万円割れをする可能性が強い。アジアもこの影響をまぬがれず、相次いで企業の破綻が起こっているらしい。

■経済の破綻は政情不安につながる。歴史の教えるところである。第二次大戦の遠因も、結局は経済問題が根底にあって起きた。1929年の世界大恐慌が民心の動揺、不安をもたらし、そんな空気を一気にはらそうとして、ナチスドイツなどが台頭し、状況を読めない日本の「軍部」が主導してナチスと同盟し、戦争という大破局を招いた。今度の「大破局」が世界大乱の導火線となる可能性も出てきた。鍵はイスラム社会が握っている。それと、ロシアである、と「予言」しておこう。日本は過去の惨事の教訓を生かして、今こそ世界に貢献できる立場にあるのに、政治家は相変わらず内向きの議論ばかり。一方、官僚は不祥事や失敗の責任をとらず「口をぬぐって」、ひたすら「嵐」の過ぎ去るのを待っている。彼等を嵐のまっただ中に追い出さないといけないのだが。

■私事に関しては……大枚をはたいて買ったレーザー・プリンタがなかなかつながらなくて、困惑した。沖データという販売会社に電話をして、いじっているうち、ようやくつながった。レーザー・プリンタを使うのは、ほとんどが「法人」のようで、山田電気の法人向けの売り場で買った。さすがに印字はきれいだし、インクジェット・プリンターの文字と違って、水に濡れても印刷のように滲まない。

■いずれ暇ができたら、これを使って数十部単位の本をつくりたい。「ある事情」で、出る予定の本が出なくなり、じつは相当落ち込んでいる。こうなったら、自分で私家版をつくるしかないか、と思ったりもする。しかし、それでは多くの人に読まれない。作品は「見られ」たり「読まれ」たりしなければ、「ない」に等しい。知り合いから芝居等の案内がいろいろときているが、どうも足を運ぶ気になれない。生来、オプチミストなので、すぐに回復すると思いますが。あしからずご了承のほどを。
by katorishu | 2008-10-06 23:30
 10月5日(日)
■午前中に起きたので、テレビの経済関連の討論番組を複数見た。いずれもアメリカの金融危機について「識者」が論じていたが、すでにこの危機はヨーロッパにひろがっており、憂慮すべき状態だ。アメリカ議会で政府による金融救済案が通ったのに、ニューヨークの株価下落はとまらない。

■日本はサブプライム・ローンに限っては、不景気が長くつづいたので、「大けが」はしていないようだが、アメリカ経済の失墜はもろに衝撃波となって日本社会を直撃する。すでに中小零細は銀行の貸し渋りにあい、倒産寸前というところも多いようだ。日本の指導層はよほど、したたかで戦略的、かつ機敏な舵取りをしないと、この「大津波」から国民を守れない。

■いまなお日本は世界経済の中で大きな地位をしめているのだし、「大恐慌」に陥る危機を回避させるための、知恵を絞って有効な措置をとるべき……と記すのはじつは簡単だが、果たして「有効な措置」などあるのかどうか。「ない」から深刻なのである。

■某エコノミストが、「景気が上向いていたときに財政悪化を改善しておけばよかったのに、こうも財政赤字が増えては効果的な財政出動もできない」と話していた。100年に一度あるかないかの「大危機」が起きたことで、現在かかわっている「仕事」にも、重大な影響がでそうだ。もしかして、これまでの「働き」が徒労になるかもしれず、強く懸念している。

■一時はなんとか危機を回避したと報じられたAIGがアリコなど3つの保険会社を売却するそうだ。アリコ保険にも入っているので、やや気になることである。それにしても大変な時代になったものだ。環境問題、水の問題、資源の問題、少子化とインドなどの人口急増……等々、地上は今、相当病んでいる。

■米ソ冷戦にアメリカ勝利したと浮かれていたのは、過去話になってしまった。アメリカの「輝き」は、ローソクが消える寸前一瞬強い輝きを増すのと同じようなことであったのではないか。オバマ氏がアフリカ系初のアメリカ大統領になり、「市場原理主義」のブッシュ政権とは違った政策を打ち出すことで、すこしは風がかわるかもしれない。

■アメリカが変われば日本も変わる。日本が自ら率先して変わることは、残念ながら期待できない。未だに「島国根性」から抜けられない人が多数派のようで、つねに「外圧」によってしか日本は変わらない。「変わること」が果たして良いことなのかどうか、わからないが。
 いずれにしても、変わらなくては生きられない。そんな時代が目前に迫っているようだ。疲れることである。
by katorishu | 2008-10-06 01:26 | 社会問題
 10月4日(土)
■タバコを吸わないので、他人が吸うタバコの煙はかなり気になる。飲食店などではもちろん、交差点で待っている間も、よくタバコの煙がただよってくる。歩きタバコは最近さすがに少なくなったが、吸わない人は吸う人よりタバコの煙に敏感になっているので、気になることである。

■厚生労働省がこんな試算をしたそうだ。仮にタバコが1000円に値上げされたとすると、その後20年間で死亡を約6万人減らせるという。喫煙率の最新データがある2006年を基準に計算したもので、500円にしても禁煙成功率が高ければ、同じような効果をあげられるとのこと。

■以下、時事通信のウエブ版によると――
 研究班は、たばこ1箱500円、700円、1000円と、禁煙成功率が「低」(全員が自力で試みた場合=13%)、「中」(現状=16%)、「高」(全員が禁煙治療を1回でも受けた場合=33%)、「最高」(全員が5回の禁煙治療を完了した場合=46%)を組み合わせた計12パターンを設定。喫煙ががん死亡に与える影響などから、20年間でどれだけ死者を減らせるか試算した。
 この結果、禁煙成功率が現状の「中」で1000円に値上げした場合、死亡は5万9000人減少。700円で4万4000人、500円では2万人だった。

■なるほどねえ。そういう試算もあるのですね。喫煙と死亡率の因果関係は、まだ決定的なものがなく、喫煙愛好者からは「禁煙ファシズムだ」という声もあがっている。
 研究班の片野田耕太国立がんセンター研究員は「値上げは禁煙のきっかけになるが、それだけでは依存に苦しむ人をより苦しめることになる。楽にやめられるようサポートが必要」としているとのこと。

■タバコは明治以来、国の税収入の重要な財源になっており、日清・日露戦争など、タバコと酒の税金なしにできなかった、と何かで読んだ記憶がある。
 税収入の基盤となっているから、これほど根強く生き残っているのである。タバコは性病などとともに、確か「大航海時代」にアメリカ大陸を発見したコロンブスがアメリカ大陸からもちかえったもののようだ。

■以来、全世界的に大変な普及をし、今は健康被害の元凶といわれるようになった。が、どこの国も税収の柱なので、積極的にやめさせる方向には動かない。
「タバコ農家」なるものがあり、特別の権利をあたえられてタバコの葉を育てている。昔、タバコ農家にいったことがあり、葉をとって、蒸して乾かすところまで、農家でやっていたように思う。

■最近「タバコ農家」なる言葉を聞かないので、中国あたりから輸入されているのかもしれない。でも、国内でタバコに関係する「作業」に従事している人は相当な数にのぼるはずで、禁煙が劇的に進むと、彼等の生活に支障がでるのだろう。タバコ税は国の税収の柱のひとつとなっているので、財源不足のおり、厚生労働省がタバコの「危険」をいっても、依然この国を仕切っている旧大蔵官僚、今の財務官僚は、「税収」が減ることに、なにかと抵抗するに違いない。ところで、今、タバコの値段が1箱いくらするか、知らない。それほどタバコと無縁の生活をしているのに、他人の吸うタバコの煙を吸い続けている。
 
■こちらの「害」についての研究もして欲しいものだ。もっとも「研究」はあくまで「仮説」であり、目安程度に思っておいたほうがいい。ぼくは1箱1000円くらに値上げすることに賛成である。それもでも吸いたい人は吸えばいい。 
by katorishu | 2008-10-04 13:48 | 社会問題

「不良老人伝」発売

 10月3日(金)
■現代社会を見渡すと、荒涼として肌寒い光景が展開している。アメリカ金融危機も深刻の度を加えているようで、憂慮される。一方で、生活必需品の値段があがっている。町へでると、肌で感じる。先行きがどうも暗い。

■となると、過去に目を向けたほうがいいのか。「不良老人伝」をいう本が発売された。このブログでもすでに紹介したが、表紙の画像をしめします。なんだか妙に大きな画像になってしまいましたが。ぼくも2人を担当しています。
 
b0028235_16482083.jpg


■内容はこんな具合です。東海大学出版会発行で、雑誌「望星」に掲載されたものです。ちょっとした頭の休め、ストレス解消にはなるのではないか、と思います。序文を書いている作家・精神科医のなだいなだ氏によると「『老』とは『自由』という意味がある。自由であることの楽しみを知れば不良になれる。人生経験を生かせない老人とは悲しい……。喧嘩上手で、美学をもった不良であれ」とのことである。
b0028235_16491516.jpg
 時間があれば、ご一読を!
by katorishu | 2008-10-03 16:55 | 文化一般
 10月1日(水)
■銀座で脚本アーカイブズについてNHK解説員の取材を受けた後、ン十年ぶりに大学時代の旧友2人と会って歓談。2人とも商社マンで1人は今でも月に1度、中国にいっているぱりぱりの現役。大学に入学した年、一緒に一週j間ほど京都旅行をした仲で、しばしの懐旧談。

■朝日新聞10月1日の朝刊の文化欄に俳優の香川照之が、1997年は「私にとって不思議な転換点となった」と黒沢清監督の映画に出たときのことを記している。当時の香川は俳優がある演技をするときの「意味」などを監督にいちいち尋ねて「俺は考えているぞ」的姿勢を示す、「若者の誰もが迷い込む落とし穴に深く陥っていた」という。

■そんな香川に黒沢清監督は次のような具体的な指示をだした。「ええと、ここで3秒経ったらあのドアまで歩いて、そこでしばらくじっとしていて下さい。で、おもむろにですね、こちらに歩いてきて下さいますか。あ、こっちに来る意味は、全然ありません」

■俳優の動きは「意味」をともなうものだと信じていた香川に、この「意味は全然ない」という言葉は衝撃的で、言葉を失ったという。が、ひとつの意味を言葉で縷々説明されるより、「意味はない」と先手を打って言われたほうが、「俳優という生き物は、非常事態発生とばかりに自分自身の自らの行動原理のようなものを急いで探し出し、理屈では到達し得ない直感的な動きに瞬間的にシフトする場合があることに私は次第に気づきだした。目から鱗だった」と記す。

■以来、香川は事前に計算した「意味」を、あるいは計算そのものを演技の中に求めることをやめる決心をしたという。香川照之という役者の賢明さ、聡明さを証拠立てるエピソードで、その後の香川の演技力の確かさは、こういう所にあったのか、と納得した。

■現代活躍中の男性役者のなかで、香川照之は「実力ナンバー・ワン」といってもいい役者になったと、ぼくは思っている。「ゆれる」をはじめ、香川の出る映画を見て「損をした」ということはない。下手な、頭でっかちの役者ほど、「この意味は」などという。ぼく自身何度か経験しているが、そんなことを言っているうちは駄目なのである。

■香川は現在、上映中の「トウキョウソナタ」(黒沢清監督)に出ているとのことで、これは見逃せない作品と思ったことだった。名優には必ず、その人ならではの「言動」があるものだが、このエッセーを読んで、香川の役者としての著しい進境の秘密がわかった、という気がした。できれば、こういう役者と組んで仕事をしたいものだ。香川照之のような役者があと10人ほどいれば、日本映画も活性化する、と思ったことだった。
 ところで無料で読めるウエブ判には、こういうエッセーは載らない。有料で買った新聞でこそ、読めるものである。
by katorishu | 2008-10-02 01:53 | 映画演劇