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2017年12月24日
昨夜は、麻布十番の知人の事務所での忘年会、珍しく若い人の参加が多く盛り上がった。それはいいのだが、知人の本が来年2月初め、新潮新書で出るといったところ「新書ってなんですか」と20代後半と思われる女性。知らないのかと驚き「文庫は知ってるよね」「なんですか、ソレ」
少なからずショックを受けた。そこは編集者などが良くくるオフィス。
こういう時代になってしまったのか。
本が売れないないわけだ。
日本文化の危機と敢えて言おう。

# by katorishu | 2017-12-24 16:57 | 文化一般
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2017-12-20
日本橋での打ち合わせ。行きも帰りも人身事故で電車が遅延。山手線かなり長いあいだ止まって、駅は混雑。
これ以上息をしたくない人の気持ちも分からなくはない。そんなとき「そうだ、神代植物園があった」。
かつて書いた短編小説のラスト近くの舞台がここ。草花には人を癒す何かがあるのですね。タイトルは「木曜日のボランティア」。
あの短編、自分ではもっとも好きな作で完成度も高いと思うのだが、編集長が代替わりして、感覚があわず、氷詰め。同年輩の親しくしていた編集者の顔が何人か浮かぶ。彼等とは熱く文学論を戦わせられたのに。
〈濡れ落ち葉 昭和は遠くなりにけり〉

# by katorishu | 2017-12-21 21:46 | 個人的な問題

2017年12月18日


■脚本家・作家の早坂暁さんが16日亡くなられた。享年88。大往生といっても良いだろうが、多分大きな心残りがあったに違いない。早坂さんとはNHKドラマ人間模様からのお付き合いで、早坂さんが定宿兼仕事場として使っていた渋谷の東武ホテルに、僕も一時期かなり長期に滞在し原稿と格闘していたことがあるので、お話しを伺う機会が多かった。コヒー店から出て来た時、公園通りの坂道で早坂さんがつぶやいた言葉が今も耳に残る。

「この頃アホがいなくなったねエ。アホがいないと世の中面白くないよね」その通りだと思った。「アホ」にはいろいろ寓意を込めている。


10年ほど前、早坂さんとお会いしたとき「キミ、協力してくれないか」と言われた。「僕はガンだけど、あと5年は生きられると医者に言われている。死ぬまでに書きたい事が5つある」と、シナリオ、アニメ、SFばりの奇想天外の物語、小説等々 を数時間にわたって聞いた。僕も時間の余裕がなく、直ちに「協力します」とは言えず、曖昧に言葉を濁したと記憶する

5つの中でもっとも強く印象に残っているのは、広島の原爆で死んだ「妹の春子」のこと。実は妹は捨て子だった。家族ではそれを秘し「実子」として育てた。春子は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と早坂さんを慕っていた。早坂さんが呉の海軍兵学校に入ったあと、一時帰郷するとの連絡。妹は待ちきれず1人で松山から呉に向かった。一方、早坂さんは 松山の実家に帰った。翌日、ピカドン。手違いで行き違いになってしまったのだ。早坂さんはすぐ広島に急行し廃墟の中、広島市内を探し回ったが、見つからず。「市街電車につり革につかまった黒焦げの死体があったんだよね。もしかして春子かと思った」と早坂さん。

ま、こんな話を聞いた。早坂は大変話の上手な人で、「春子の春」の話に引き込まれた。他の4つの話も面白かった。

それから10年、どれも実現していないようだ。

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■さらに、早坂さんは、都道府県別の犯罪ドラマ「黒の風土記」を放送作家協会の事業として提案され、僕も責任者の1人であったのだが、実現しないまま終わってしまった。

僕としても大変心残りである。

早坂さんを一言でいえば「最後の無頼派作家」。

ご冥福をお祈りいたします。



# by katorishu | 2017-12-18 14:28 | 映画演劇

人間死ぬまで勉強です。

2017年12月17日
今年も残り少なくなりました。少年老い易く学成り難し。
先日のシナリオ作家協会の忘年会。場所が日比谷の松本楼とあって参加する予定であったが。その前に東京作家大の「特別ゼミ」で受講生の作品を90分ぶっ続けで「講評」して疲れてしまった。終わって新橋まで行った。忘年会の開始までの2時間、仕事をする予定だったのだが。咳が出て風邪を引きそうなので、電話をしてキャンセル。
「昭和の妖怪」と言われた岸信介元首相は、長生きの秘訣を聞かれて「義理を欠くこと」と言った。時々この言葉が思い浮かぶ。
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本日、TV脚本の直し原稿を送ってから、ふらふら散歩。目黒川沿いの荏原神社のクスの木を見上げていると、気持ちがやすらぐ。子供の頃、庭にけっこう大きな栃の木やケヤキなどがあったので、よく登って町を眺めたり空想にふけったりした。学校帰りの上級生の女の子に石をぶつけて怪我をさせ、親に怒鳴りこまれて、茶の間で肩をつかまれ無理矢理頭を下げさせられた記憶などが蘇る。
隣家の柿の木を棒で全部落としてしまったり、子供の頃からロクなことをしてこなかったなアと、神社のクスの木を眺めながら思ったことだった。さてこれから神社近くの品川図書館で中央アジア関係の資料読み。
人間、死ぬまで勉強です。

# by katorishu | 2017-12-17 10:25 | 文化一般

2017 12 14
大正の末から昭和初期の「モダニズム」に今なお共感を覚えます。「エロ.グロ.ナンセンス」が流行ったけど、それも文化の土壌。知的好奇心旺盛な若者が、新しく、洒落たものに、競って飛びつき様々な花を咲かせた。
その後、軍靴に踏みにじられてしまったけど。
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芽は残って戦後文化として一部が蘇った。
今こそ、あの時代に光をあてる事が必要と、メディア関係者に説くのだが、「ほとんどの国民は当時の事を知らない」から「申し訳ないが」と乗り気を見せない。「知らないから」「知らせる意味がある」といっても、馬の耳に念仏。この一冊でも読んで欲しいと思うのだが。

# by katorishu | 2017-12-14 13:22 | 文化一般